葬儀の現場で、参列者の方から一番よく聞かれる質問が「焼香って、何回すればいいんですか?」です。年間100件以上の葬儀を担当してきて、この質問を受けなかった日はほとんどありません。
つい先日も、立礼の焼香台の前で前の方の動きをじっと観察し、いざ自分の番になった時に固まってしまった50代の男性がいました。「うちは浄土真宗なんだけど、故人は曹洞宗だから、どっちに合わせればいいのか分からなくて」と、後で打ち合わせ室でこぼされていました。
結論から言うと、焼香の回数は故人の宗派でも参列者の宗派でも、どちらに合わせても失礼にあたりません。ただ、宗派ごとに「決まった作法」があるのは事実で、それを知っておくと当日慌てずに済みます。この記事では、宗派別の回数、立礼・座礼・回し焼香の3つの形式、そして「押しいただく」「いただかない」の違いまで、現場目線で全部まとめます。
そもそも焼香とは?意味と香を焚く理由
焼香(しょうこう)は、お香を焚いて故人や仏様に手向ける仏教の儀式です。葬儀・告別式・法要のほぼすべての場面で行われます。
香を焚く意味は大きく3つあります。1つ目は「身を清める」。仏前に進む前に、自分の心と体を香の煙で浄める意味があります。2つ目は「故人への供養」。香りは仏様や故人の食事になると古来から考えられてきました。3つ目は「邪気を払う」。お通夜の場で焚かれる線香も、同じ意味合いを持っています。
焼香で使う「抹香(まっこう)」は、刻んだ香木を粉末にしたもの。一般的には茶色っぽい細かい粒で、つまんで香炉の炭の上に落とすと、ふわっと白い煙が立ち上ります。線香と違って炎を出さず、短時間で香りが広がるため、葬儀の場ではこちらが使われます。
焼香の基本的な手順|立礼・座礼・回し焼香の3形式
焼香には3つの形式があります。葬儀場で行う場合はほぼ「立礼焼香」、寺院や自宅の和室では「座礼焼香」、狭い自宅葬では「回し焼香」が使われます。それぞれ手順が違うので、順番に見ていきます。
立礼焼香(りつれいしょうこう)の流れ
葬儀場のホールで一番多いのがこの形式。椅子席の通路を歩いて焼香台の前に立つスタイルです。
- 自分の順番が来たら席を立ち、焼香台へ進む
- 祭壇の前で遺族と僧侶に軽く一礼
- 焼香台の手前で遺影に向かって一礼(深く頭を下げる)
- 数珠を左手にかけ、右手で抹香をつまむ
- 宗派の作法に従って香炉にくべる
- 合掌してから一歩下がり、遺影に一礼
- 遺族と僧侶に一礼してから席に戻る
祭壇の前での所作は意外と短く、慣れれば1分かかりません。焦らず、ひとつひとつの動作を丁寧にするのがコツです。お通夜の参列マナー全体の流れも合わせて確認しておくと、当日の動きが頭に入ります。
座礼焼香(ざれいしょうこう)の流れ
寺院本堂や和室での葬儀で行う形式。基本の流れは立礼と同じですが、移動と礼の所作が「正座ベース」になります。
焼香台までは中腰の姿勢で進みます。立ったまま歩くのは失礼にあたるため、膝を軽く曲げて静かに移動。焼香台の前に着いたら正座し、遺影に深く一礼してから抹香をつまみます。終わったら正座のまま下がり、立ち上がるのは退出する直前です。
正座が辛い高齢の方や膝に不安がある方は、無理せず椅子席を希望して構いません。葬儀社のスタッフに事前に伝えれば、椅子を用意してくれます。
回し焼香(まわししょうこう)の流れ
自宅葬や狭い会場では、焼香台ごと参列者の間を回します。盆に乗った香炉と抹香入れが順番に手渡される形式です。
自分のところに回ってきたら、軽く会釈して受け取り、膝の上か近くの台に置きます。遺影に向かって一礼し、宗派の作法で焼香、合掌。終わったら次の方に両手で渡します。座ったまま行える分、立礼より体への負担は少ないですが、香炉が熱くなっていることがあるので受け渡しは丁寧に。
「押しいただく」とは?やり方と宗派による違い
焼香の作法で一番混乱されるのが「押しいただく(おしいただく)」という動作です。これは、つまんだ抹香を額の高さまで持ち上げる所作のこと。仏様への敬意と感謝を表す動きとされています。
具体的なやり方はこうです。右手の親指・人差し指・中指の3本で抹香をひとつまみし、そのまま手のひらを上に向けて、指先を額の高さ(眉の上あたり)まで静かに持ち上げます。目を閉じて少し止め、その後ゆっくり香炉の上に運んで指をすりながら抹香を落とします。
この「押しいただく」をするかしないかが、宗派によってはっきり分かれます。浄土真宗(本願寺派・大谷派)では、亡くなった方はすでに阿弥陀仏のもとで仏になっているという教えのため、押しいただかずに直接香炉にくべます。一方、曹洞宗・天台宗・真言宗などは押しいただく作法を取ります。
【宗派別】焼香の回数と作法一覧
主要な宗派ごとに、回数と「押しいただくかどうか」を整理しました。葬儀の現場で僧侶から実際に聞いた情報をベースにしています。
| 宗派 | 回数 | 押しいただく | 備考 |
|---|---|---|---|
| 浄土真宗 本願寺派(西) | 1回 | しない | 香炉に直接落とす |
| 浄土真宗 大谷派(東) | 2回 | しない | 2回とも押しいただかない |
| 浄土宗 | 1〜3回(特に決まりなし) | する | 心を込めて1回でも可 |
| 曹洞宗 | 2回 | 1回目はする / 2回目はしない | 「主香」と「従香」 |
| 臨済宗 | 1回 | する場合が多い | 派により異なる |
| 天台宗 | 1〜3回 | する | 特に決まりなし、3回が多い |
| 真言宗 | 3回 | する | 仏・法・僧の三宝を表す |
| 日蓮宗 | 1回または3回 | する | 3回は仏・法・僧 |
| 日蓮正宗 | 3回 | する | 導師は3回、参列者は1回も可 |
浄土真宗の焼香|「押しいただかない」理由
浄土真宗は他の宗派と作法が大きく違うため、特に覚えておく価値があります。西本願寺(本願寺派)は1回、東本願寺(大谷派)は2回。どちらも額に押しいただきません。
理由は教義にあります。浄土真宗では「亡くなった方は阿弥陀如来の本願によってすぐに浄土に往生し、仏になる」と説きます。つまり、焼香は故人を供養するためのものではなく、自分自身が仏様に手を合わせる行為。だから「お願いします」と押しいただく必要がないのです。
曹洞宗の焼香|2回の意味と作法
曹洞宗は2回。最初の1回を「主香(しゅこう)」、2回目を「従香(じゅこう)」と呼びます。主香は押しいただきますが、従香は押しいただかずに香炉に落とします。
主香は故人への供養と仏様への感謝、従香は主香の香りを絶やさないために添える、という意味があります。詳しくは曹洞宗の葬儀マナーでまとめているので、参列前に確認しておくと安心です。
真言宗の焼香|3回の意味
真言宗は3回が基本。3回には「仏・法・僧の三宝に帰依する」という意味があります。3回ともそれぞれ押しいただきます。
1回目は仏様への帰依、2回目は仏法への帰依、3回目は僧伽(僧侶の集まり)への帰依。3回繰り返すことで仏教の根幹である三宝への信仰を表します。
数珠の持ち方と合掌の作法
焼香と切り離せないのが数珠(じゅず)の扱いです。焼香台へ向かう時、数珠は必ず左手にかけます。右手は抹香をつまむために空けておくためです。
合掌するときは、数珠を両手の親指と人差し指の間にかけ、房を下に垂らします。両手のひらを合わせ、指は揃えて軽く前に倒すように。胸の高さで合掌し、目を閉じて短く心の中で故人へ語りかけます。
数珠を椅子や床に直接置くのはマナー違反です。一時的に置く場合は、ハンカチや専用の数珠袋の上に。床に落としてしまった時は慌てず拾い上げ、軽く払ってから手に戻して問題ありません。
宗派によって数珠の形が違いますが、自分の宗派の数珠を持参するのが基本。略式数珠(一連の短いもの)なら、ほぼすべての宗派で使えます。詳しくは仏式葬儀の数珠の持ち方でも触れているので、合わせて読んでみてください。
参列者として知っておきたい焼香のマナー
宗派の回数を覚えていなくても、現場で恥をかかないためのマナーがいくつかあります。20年見てきた中で、特に押さえておいてほしいポイントをまとめます。
故人の宗派と自分の宗派、どちらに合わせるか
結論、どちらでも構いません。一般的には「故人の宗派」に合わせるのが丁寧とされていますが、自分の宗派の作法で行っても失礼にはなりません。大切なのは、心を込めて手を合わせることです。
ただし、参列者が多い葬儀では「時間短縮のため1回でお願いします」と司会者から案内が入ることがあります。これは故人の宗派が3回の場合でも、参列者全員が3回ずつ焼香すると時間がかかりすぎるため。案内に従って1回で済ませて問題ありません。
焼香の順番
焼香は喪主から始まり、遺族、近親者、一般参列者の順に進みます。一般参列者は基本的に席の前列から順番。アナウンスや葬儀社スタッフの誘導に従えば迷うことはありません。
会社関係で参列する場合、肩書きが高い人から先に焼香するケースもあります。受付で順番を伝えられたら、それに従ってください。
前の人の真似で問題ない
正直に言うと、現場で前の人の真似をする方が圧倒的に多いです。それで全く問題ありません。回数や押しいただくかどうか、迷ったら自分の前の参列者を1〜2人観察して、同じようにすれば自然な所作になります。
むしろ、慣れない作法を無理に再現しようとして手が震えたり、抹香をこぼしたりする方が悪目立ちします。シンプルに「故人に手を合わせる」気持ちさえあれば、回数の多少で評価されることはありません。
服装・持ち物と焼香の関連マナー
焼香そのものではないですが、関連して聞かれることが多いポイントを補足します。
女性の場合、長い髪は焼香時に前に垂れて煙にあたると焦げる可能性があります。ハーフアップやまとめ髪にしておくと安心。指輪は結婚指輪以外は外し、爪も短く整えておきます。香水は付けない、もしくは極めて控えめに。お香の香りを邪魔してしまうためです。
持ち物の必須は数珠とハンカチ(白か黒)。お葬式の髪型マナーや服装の細かい点は別記事で詳しくまとめているので、参列前に一度目を通しておくと安心です。
男性は整髪料の付けすぎに注意。テカテカに固めた髪型は焼香時に頭を下げる所作で違和感を与えます。スーツは黒、ネクタイは無地の黒、靴下も黒。靴はストレートチップの黒革靴がベストです。
よくある質問
Q1. 焼香の回数を間違えたらどうすればいい?
気にしなくて大丈夫です。誰も回数を数えてチェックしていません。回数を間違えても、合掌して心を込めて手を合わせていれば失礼にあたりません。途中で「あ、間違えた」と思っても、焦らずそのまま合掌して下がってください。慌てて何度もやり直す方が悪目立ちします。
Q2. 故人の宗派が分からない時はどうする?
受付の案内に書かれていることが多いですが、分からなければ1回または2回で押しいただく、というスタンダードな作法で問題ありません。葬儀社のスタッフに小声で「何回ですか?」と聞いても丁寧に教えてくれます。聞くこと自体は全く失礼ではないので、不安なら遠慮なくスタッフを頼ってください。
Q3. 神道やキリスト教の葬儀では焼香はある?
ありません。神道では「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」という榊の枝を捧げる儀式、キリスト教では「献花」というカーネーションなどの花を捧げる儀式が焼香にあたります。仏式以外の葬儀に参列する時は、それぞれの作法を事前に確認しておきましょう。神葬祭の流れとマナーもまとめているので参考にしてください。
Q4. 子供を連れて焼香に行ってもいい?
もちろん大丈夫です。小学生以上なら大人と同じように焼香台に進ませて構いません。幼児の場合は親が抱っこしたまま焼香するか、子供だけ席に残して親だけ進むかは状況次第。子供が焼香する時は、回数にこだわらず1回で簡潔に行うと負担が少なくなります。
Q5. 焼香の代わりに線香を使うことはある?
あります。お通夜の後の弔問や、家族葬の小規模な場では、抹香ではなく線香で行うケースがあります。線香の場合の本数も宗派によって違い、浄土真宗本願寺派は1本を寝かせる、曹洞宗・臨済宗は1本を立てる、真言宗・天台宗は3本を立てる、など作法が分かれます。後日弔問する時は、事前に故人の宗派を確認しておくと丁寧です。
Q6. 焼香の途中で咳が出そうになったら?
無理に我慢せず、ハンカチで口を押さえて静かに咳をしてください。焼香台の前で激しく咳き込むより、自分のペースで落ち着いてから所作に戻る方が周りへの配慮になります。お香の煙でむせる方も多いので、苦手な方は事前にマスクを着けたままでも問題ありません。
喪主がやることリスト 完全ガイド|逝去から葬儀後の手続きまで|このテーマの記事をまとめて読む




コメント