去年の11月、73歳の女性から事前相談を受けた。夫に先立たれ、子どももいない。「うちの財産、甥っ子に全部いくのは違う気がして」と、湯呑みを両手で包みながらぽつりと言った。彼女が知りたかったのは、遺贈寄付という選択肢だった。
この5年ほど、こういう相談が明らかに増えてる。日本承継寄付協会の2023年調査だと、遺贈寄付に関心がある60代以上は22.6%。10人中2人だ。おひとりさまだけの話ではなく、子どもがいても「自分の意思で社会に何か残したい」と考える人が増えている印象がある。
ただ、この制度は落とし穴が多い。包括遺贈と特定遺贈を混同したまま遺言書を書いて、寄付先の団体から受け取り拒否されたケースを、私は3件見てきた。今日はその現場感を含めて、遺贈寄付のやり方と遺言書の書き方を丁寧にまとめます。
この記事の要点
- 遺贈寄付とは、遺言によって財産の全部または一部を法定相続人以外(NPO・大学・自治体など)に無償で渡すこと
- 包括遺贈は「財産の◯割」と割合で指定する方法、特定遺贈は「◯◯銀行の預金」と個別に指定する方法で、税務も手続きも大きく違う
- 国・地方公共団体・認定NPO法人などへの遺贈は、相続税が非課税(相続税法12条)になる代わりに、遺贈者本人の申告要件を満たす必要がある
- 遺言書は公正証書遺言が推奨。費用は財産額により5万〜10万円前後で、遺言執行者を必ず指定すること
- 不動産の包括遺贈はほとんどの団体が受け取れない。換価型遺贈(現金化して寄付)が現実解
遺贈寄付とは何か、まず定義から
遺贈寄付とは、遺言書によって自分の財産の全部または一部を、法定相続人以外の第三者(公益法人、NPO、学校法人、宗教法人、自治体など)に無償で渡すことを指す。生前贈与とも違うし、相続人への相続とも違う。「自分の意思で、死後に、社会へ渡す」という一点が特徴です。
民法964条にこの制度は定められている。日本にはずっと存在した仕組みなんだけど、あまり知られてこなかった。日本ファンドレイジング協会の推計で、2022年の遺贈寄付総額は約473億円。まだアメリカ(約4.2兆円)と比べると桁が2つ違う。ただ、確実に増えてます。
遺贈・相続・贈与の違い
混同されやすいので整理しておく。相続は法定相続人が民法の規定に従って受け継ぐこと。贈与は生前に無償で財産を渡すこと。遺贈は遺言によって死後に財産を渡すこと。この3つは全部、税務上の扱いも手続きも別物です。
遺贈の相手は法定相続人でも法定相続人以外でも構わない。ただ実務では、法定相続人以外(NPOや大学など)に渡す場合を狭義で「遺贈寄付」と呼んでる。この記事も基本その意味で使います。
なぜ今、増えているのか
理由は3つある。1つ目は少子化と未婚率の上昇。おひとりさまが増えて、法定相続人がいない、または疎遠な親族しかいないケースが激増してる。私が現場で関わる葬儀のうち、身寄りが薄い方の割合は、20年前は10件に1件だったのが、今は10件に3件くらいまで来てる。
2つ目は「自分の人生の意味を残したい」という価値観の広がり。3つ目は税制メリット。認定NPO法人などへの遺贈は相続税が非課税で、遺言者本人が所得税の寄付金控除を使える場面もある(この辺は後で詳述する)。
ちなみに、おひとりさまの葬儀費用や身寄りがない場合の対処については、身寄りがない人の葬儀費用と行政による火葬の流れで詳しくまとめてます。合わせて考えたいテーマです。
包括遺贈と特定遺贈の違い(ここが最重要)
遺贈寄付を検討するとき、真っ先に理解しなきゃいけないのがこの2種類の違い。包括遺贈と特定遺贈は、名前は似てても中身がまったく別物です。ここを間違えると寄付先団体から拒否されたり、遺言そのものが機能しなくなる。
結論から言うと、遺贈寄付をするなら基本は特定遺贈にしてください。包括遺贈は使いこなすのが難しい。理由を順に説明します。
包括遺贈:「財産の◯割を寄付」と割合で指定する
包括遺贈は、「全財産の3分の1を◯◯協会に遺贈する」というふうに、割合で指定する方法。民法990条によって、包括受遺者は相続人と同じ権利義務を持つとされてる。つまり、資産だけじゃなく負債もセットで受け取ることになる。
これが厄介。仮に故人に借金が3000万円あって、預貯金が5000万円あった場合、「全財産の半分を寄付」と包括遺贈すると、団体は預貯金2500万円をもらえる代わりに、借金1500万円も引き受ける。ほとんどの寄付先団体は、この負担を嫌って包括遺贈を辞退します。日本承継寄付協会に加盟する主要NPOのアンケート(2022年)でも、包括遺贈を「原則受け取らない」とした団体が10団体中7団体だった。
それだけじゃない。包括受遺者は遺産分割協議に参加する義務がある。相続人が5人いたら、団体の職員が5人と一緒に協議書を作らないといけない。実務上ほぼ不可能に近い。
特定遺贈:「◯◯銀行の預金を寄付」と具体的に指定する
特定遺贈は、「A銀行B支店の普通預金口座を◯◯協会に遺贈する」「自宅を除く預貯金全額を寄付する」というふうに、特定の財産を指定する方法。負債は原則引き継がれない。遺産分割協議への参加義務もない。
寄付先団体としても、「この預金だけ受け取ります」と割り切れるので受け入れやすい。ほぼすべての公益法人・認定NPOは特定遺贈なら受け付けます。ただし例外もあって、不動産の特定遺贈は多くの団体が拒否する。これは後の章で詳しく話す。
2つの違いを表で整理
| 比較項目 | 包括遺贈 | 特定遺贈 |
|---|---|---|
| 指定方法 | 「財産の◯割」など割合指定 | 「A銀行の預金」など個別指定 |
| 負債の承継 | あり(相続人と同等) | 原則なし |
| 遺産分割協議 | 参加義務あり | 参加義務なし |
| 放棄の期限 | 3ヶ月以内(民法915条) | いつでも可能 |
| 不動産取得税 | 原則非課税 | 課税される(自治体・団体による) |
| 寄付先の受け入れやすさ | 低い(拒否多数) | 高い |
| 実務上の推奨 | △(慎重に) | ○(標準的) |
特定遺贈は、放棄の期限がないので相続人にとっても寄付先団体にとっても柔軟性が高い。私が事前相談で提案するときは、まず特定遺贈をベースに考えてもらいます。
遺贈寄付は本当に相続税対策になるのか
結論から言うと、相続税対策になる場合とならない場合がある。ここを勘違いしたまま進める人がとても多い。順に整理します。
そもそも遺贈寄付をする人の目的は、多くの場合、節税ではない。「自分の意思で社会に残したい」という意思の方が強い。ただ結果として税務メリットが出るケースはあります。
相続税が非課税になる要件(相続税法12条)
遺贈された財産のうち、以下の団体に寄付されたものは相続税が非課税になる。これは相続税法第12条第1項第3号と、租税特別措置法第70条の規定です。
- 国、地方公共団体(都道府県、市区町村)
- 公益社団法人・公益財団法人
- 認定NPO法人(全国で約1250団体・2024年3月時点)
- 学校法人(私立学校)
- 社会福祉法人
- 更生保護法人
- 宗教法人(一部要件あり)
注意しないといけないのは、「NPO法人」と「認定NPO法人」は別物ということ。ただのNPO法人への遺贈は、相続税非課税の対象外。認定NPO法人だけが対象です。国税庁のサイトで法人名を検索して確認できます。私は事前相談のとき、必ず「団体名を国税庁の名簿で確認しましょう」と一緒に画面を見ます。
誰が節税されるのか(重要な誤解)
「遺贈寄付で相続税が安くなる」という言い方は、実はちょっと不正確。正確には、寄付された財産分については相続税がかからないというだけで、遺贈者本人の相続税総額が減るかどうかは、財産構成と相続人の状況次第です。
たとえば財産1億円、法定相続人が子ども2人の場合、基礎控除は3000万+600万×2=4200万円。課税対象は5800万円。ここから「相続税総額」が計算される。仮にこのうち2000万円を認定NPOに遺贈すれば、その2000万円は課税対象から外れ、課税対象は3800万円になる。結果として、子ども2人が支払う相続税は減ります。
ただし、これは残された相続人にとって節税なんです。遺贈者本人はもう亡くなってるので、本人が節税を実感するわけじゃない。ここを勘違いして「自分が節税したい」と言う相談者がいますが、生前の節税ではなく、家族の相続税負担軽減という理解が正しい。
生前寄付との違い(所得税の寄付金控除)
もし本人が生きているうちに節税メリットを享受したいなら、生前寄付の方が話は早い。認定NPO法人などへの寄付は、所得税の寄付金控除または税額控除の対象になる。所得税額の40%を上限として、(寄付額-2000円)×40%が税額から差し引かれる仕組みです。
先月お会いした67歳の男性は、「今のうちに毎年100万円ずつ寄付して、税額控除を受けながら、残りを遺贈で寄付する」というハイブリッド設計にしてた。相続の相談は財産全体を見て組むもので、遺贈寄付単独では判断できない。この辺の全体設計は、30代・40代からの遺言書の書き方でも触れてます。
遺言書の書き方(公正証書遺言を強く推奨)
遺贈寄付は、遺言書がなければ絶対に実現しない。エンディングノートに「◯◯協会に寄付してほしい」と書いても法的効力はない。遺言書の形式は民法で厳格に決まってて、これを外すと全部無効になる。
結論:遺贈寄付では公正証書遺言を使ってください。自筆証書遺言は不備リスクが高く、遺贈先団体からも敬遠される傾向がある。
公正証書遺言のメリットと費用
公正証書遺言は、公証役場で公証人が作成する遺言。証人2人の立ち会いが必要で、原本は公証役場に保管される。だから紛失や改ざんの心配がない。家庭裁判所の検認手続きも不要。
費用は日本公証人連合会の手数料規定によって決まってて、財産額と受遺者の数で変動する。目安として、財産5000万円で受遺者1人なら手数料は約4万3000円。それに遺言加算(1万1000円)を加えて5万4000円ほど。財産1億円なら約7万5000円。私が案内した相談者だと、実費で6万〜10万円の範囲に収まる人が多いです。
遺言執行者を必ず指定する
遺贈寄付で本当に大事なのがこれ。遺言執行者を指定しないと、遺言の内容を実行する人がいなくて、寄付が滞ることがあります。遺言執行者は、預金の解約手続きや不動産の名義変更、寄付先団体への引き渡しを実務としてやる人。
家族に頼むケースもあるけど、遺贈寄付だと相続人と寄付先の利益が対立することがある。トラブル回避のためには、弁護士や司法書士などの専門家、または信託銀行を指定する方が安全です。専門家に頼む場合の報酬は、財産額の1〜3%が相場。財産5000万円で50万〜150万円ほど見ておくといい。
遺言書に必ず書くべき5項目
- 受遺者(寄付先)の正式名称と所在地(通称は避ける)
- 遺贈する財産の具体的特定(銀行名・支店名・口座番号など)
- 特定遺贈か包括遺贈かの明示
- 遺言執行者の氏名・住所・職業
- 予備的遺言(寄付先が受け取れなくなった場合の第2候補)
予備的遺言は忘れる人が多いけど、これがないと悲惨なことになる。「◯◯協会に寄付する」と書いても、その団体が10年後に解散してたら遺言は宙に浮く。第2候補、第3候補を書いておくのが実務では必須。
不動産の遺贈寄付は要注意(現金化がおすすめ)
ここは声を大にして言いたい。不動産の遺贈寄付は、ほとんどのケースで思ったようにいきません。私が現場で見た失敗例のほぼ9割が、不動産絡み。
なぜ寄付先が不動産を受け取れないのか
理由は3つある。1つ目、みなし譲渡所得税がかかる。個人が法人に不動産を無償で渡すと、時価で売却したとみなされて、譲渡所得税が課される(所得税法59条)。この税金を誰が払うか、団体側は当然払いたくない。
2つ目、不動産の管理コスト。固定資産税、修繕費、草刈り、管理会社への委託料。団体にとっては現金と違って純粋な「収入」にならず、逆にコストになることが多い。
3つ目、売却の手間。特に地方の実家や山林。買い手が見つからず塩漬けになる。私が知ってる事例だと、長野の山林を遺贈しようとした方がいて、複数のNPOに打診したけど全部断られた。結局、換価型遺贈に切り替えました。
換価型遺贈という現実解
換価型遺贈は、「遺言執行者が不動産を売却し、その換価金から諸費用を差し引いた残額を◯◯協会に遺贈する」という書き方をする方式。これなら団体は現金で受け取れる。売却の手間は遺言執行者が担う。
実務上、遺贈寄付で不動産が絡む場合はほぼこの方式です。ただし遺言執行者は不動産売却の実務ができる人でないとダメ。素人の家族に任せるのは避けたほうがいい。司法書士や信託銀行の遺言信託を使う人が多いです。
ちなみに実家じまいと遺贈寄付を組み合わせる相談も増えてます。継承者がいないお墓の問題はお墓を建てるべきかの判断チェックリストでも整理してるので、財産全体の設計の参考にどうぞ。
遺贈寄付の相手先(寄付先団体)の選び方
結論から言うと、団体選びは3つの軸で確認してほしい。認定資格、遺贈受け入れの実績、担当者の対応。
1つ目:認定資格の有無
前述したように、相続税非課税の対象になるのは認定NPO法人、公益社団法人、公益財団法人などに限定される。ただのNPO法人だと非課税にならないので、寄付する意味が半減する場合がある。国税庁のサイトで法人名を検索して、認定を受けてるか確認するのが先です。
2つ目:遺贈受け入れの実績と対応窓口
遺贈受け入れの窓口があるかどうかは、団体のWebサイトで「遺贈」「遺贈寄付」で検索すればすぐわかる。専任担当者を置いてる団体もあれば、事務局が兼務してる団体もある。私が相談者に勧めるのは、事前相談で一度面談してもらうこと。担当者と会って、疑問点をぶつけて、「この人になら任せられる」と思えたら決めるのがいい。
大手だと日本財団、日本ユニセフ協会、あしなが育英会、日本赤十字社、国境なき医師団日本、ワールドビジョン・ジャパンなどが遺贈受け入れの窓口を整備してる。地域の課題に寄付したい人は、地元の共同募金会や地域の公益財団法人という選択肢もあります。
3つ目:寄付先の使途を確認する
「子どもの教育支援に使ってほしい」という希望があるなら、その使途に沿った団体を選ばないといけない。団体によっては使途指定を受け付けないところもあるので、事前に確認する。
ちょっと辛口な話をすると、寄付金の使途が不透明な団体もある。理事の報酬が異常に高い、事務経費比率が5割超え、活動報告が3年更新されてないなど。決算報告書は認定NPOなら公開義務があるので、必ず確認してほしい。
遺留分との関係(相続人がいる場合の注意)
おひとりさまで法定相続人がいない場合は問題にならないけど、配偶者や子どもがいる場合は「遺留分」に注意しないといけない。遺留分というのは、法定相続人が最低限もらえる財産の割合のこと(民法1042条)。
遺留分の計算方法
遺留分の割合は決まってる。配偶者と子どもがいる場合は法定相続分の2分の1、直系尊属(親)だけの場合は3分の1。兄弟姉妹には遺留分はない。
たとえば財産1億円で配偶者と子1人が相続人の場合。法定相続分は配偶者5000万、子5000万。遺留分はその半分の各2500万円。もし遺言で全額を認定NPOに遺贈しようとしても、配偶者と子は合計5000万円まで遺留分侵害額請求ができます。この請求は、相続開始と遺贈を知った日から1年以内(民法1048条)。
相続人とのトラブル回避策
遺留分を無視した遺贈は、寄付先団体を巻き込んだ訴訟に発展しかねない。私が2019年に立ち会ったケースで、故人が財産8000万円のほぼ全額を宗教法人に遺贈しようとした結果、遺族と法人の間で3年にわたる訴訟になった事例がある。最終的に法人は遺留分見合いを支払って和解したけど、遺贈者の意思は半分しか実現しなかった。
だから遺言書を書く前に、遺留分の計算を必ずやってほしい。相続人がいる場合は、遺留分を確保したうえで残りを寄付するのが現実的。「子どもには法定相続分の半分、残りを◯◯協会に」という設計だとトラブルが少ない。
あと、生前に家族に「自分の財産を一部寄付したい」と伝えておくのも大事。遺言書を開けてから初めて知った家族は感情的になりやすい。事前の会話で納得を得ておくと、遺留分請求そのものが起きないケースが多いです。
遺贈寄付の実務フロー(相談から実行まで)
ここから、具体的な進め方を時系列で整理する。私が事前相談で案内する標準的な流れです。
ステップ1:財産の棚卸し(1〜2週間)
預貯金、不動産、有価証券、生命保険、借入金までを全部リスト化する。銀行口座は本人しか把握してないことが多いから、通帳を全部集めて表にする。財産目録を作らないと、遺贈できる金額の見当がつかない。
ステップ2:寄付先の選定と面談(1〜2ヶ月)
候補団体を3つほど選んで、遺贈担当窓口に連絡する。電話や面談で、どんな使途に使えるか、実績はどうか、認定資格はあるかを確認する。この段階で「相性が合わない」と感じたら別の団体に切り替える。焦らなくていい。
ステップ3:遺言執行者の選定(2〜4週間)
司法書士、弁護士、信託銀行から選ぶ。信託銀行の遺言信託は手厚いけど手数料が高い(基本料金30万〜、財産額に応じた変動報酬あり)。司法書士なら基本料金10万〜30万円が相場です。
ステップ4:公正証書遺言の作成(3〜4週間)
公証役場に予約して、必要書類(印鑑証明、戸籍謄本、財産の資料など)を準備する。証人2人を用意する(遺贈執行者や公証役場の紹介で調達可能、1人1万円前後)。作成日に公証役場に行き、公証人の面前で内容を確認し署名捺印する。
ステップ5:定期的な見直し(3〜5年おき)
遺言は一度書いたら終わりじゃない。財産構成が変わったり、寄付先団体の状況が変わったりする。私は相談者には5年に一度の見直しを勧めてる。書き直しは公証役場で手数料を払えば何度でもできます。
相続関連の全体的な手続きは親が亡くなった後の手続きチェックリストで時系列にまとめてます。遺贈寄付は生前の準備ですが、亡くなった後の実行フェーズと合わせて全体像をつかんでおくと安心です。
遺贈寄付で起きがちなトラブル3事例
私が実際に見てきた失敗事例を3つ紹介する。これから遺贈寄付を検討する方の反面教師にしてほしい。
事例1:自筆遺言の不備で寄付が実行できなかった
2021年、当時80歳の男性が自筆証書遺言で「あしなが育英会に預金3000万円を寄付する」と書いた。ただ、日付が「令和三年五月吉日」と書かれてた。判例上、日付が特定できない遺言は無効です(最判昭和54年5月31日)。結果として遺言全体が無効になり、寄付は実現しなかった。相続人3人で分割された。
事例2:包括遺贈で団体が受け取り拒否
72歳の女性が「全財産の3分の1を◯◯環境保護団体に包括遺贈する」と公正証書遺言に書いた。亡くなった後、団体は財産の中に不動産(築40年の実家)が含まれてることを知り、受け取りを辞退。予備的遺言もなかったので、その3分の1は法定相続人に戻された。本人の意思とはまったく違う結果になりました。
事例3:遺留分侵害で訴訟に発展
68歳の男性が財産1億2000万円の9割を宗教法人に遺贈。妻と子2人が遺留分侵害額請求を提起し、法人と2年間の訴訟。最終的に妻と子で合計3000万円が返還され、法人は約8000万円だけ受け取った。訴訟費用は法人側400万円、遺族側300万円。誰も得しない結末でした。
これらは全部、事前の相談と設計で防げた事例です。遺贈寄付は「善意でやること」だから、雑にやりがち。でも法的な設計を丁寧にしないと、逆に迷惑をかけたり自分の意思が届かなかったりする。
おひとりさまの遺贈寄付、特に気をつけること
法定相続人がいない、または疎遠なおひとりさまの場合、遺贈寄付は相続財産を国庫に帰属させるのではなく、自分の意思で使い道を決められる貴重な機会です。この5年ほど、私の担当ではおひとりさまの事前相談が3倍近く増えた。
死後事務委任契約と組み合わせる
おひとりさまの場合、遺贈寄付だけじゃなく、葬儀の手配、家財の処分、公共料金の解約、SNSアカウントの削除などをやってくれる人が必要。これを死後事務委任契約として司法書士や行政書士と結んでおく。費用は基本料金30万〜50万円、実費別。遺言執行者と兼ねてもらうと、話が早いです。
葬儀費用も遺言で指定できる
遺贈寄付をしても、自分の葬儀費用は必要。「預金のうち200万円を葬儀費用に充当し、直葬形式で行う。残額を◯◯協会に遺贈する」という書き方をする。葬儀の希望を具体的に書いておくと、遺言執行者も動きやすい。この辺の事前準備は身寄りがない人の葬儀費用と行政による火葬でも詳しくまとめてます。
よくある質問
Q1. 遺贈寄付の意思をエンディングノートに書けば有効ですか?
いいえ、エンディングノートは法的効力がありません。あくまで家族への希望を伝えるメモです。遺贈寄付を確実に実行するには、民法の規定に沿った遺言書(自筆証書遺言か公正証書遺言)が必要です。私は事前相談で「エンディングノートに書きました」と言われるたび、「それは希望であって指示ではないんです」と丁寧に説明しています。
Q2. 遺贈寄付をすると、必ず相続税が非課税になりますか?
寄付先が「国・地方公共団体・公益法人・認定NPO法人・学校法人・社会福祉法人」など相続税法12条に該当する団体である場合に限り、遺贈された財産分は相続税非課税となります。ただし遺贈者が亡くなってから10ヶ月以内に相続税申告と一緒に必要な手続きを行わないと、非課税適用が受けられません。認定を受けていないNPO法人への遺贈は非課税対象外です。
Q3. 相続人がいない場合、遺贈寄付をしないと財産はどうなりますか?
法定相続人がおらず、遺言書もない場合、財産は最終的に国庫に帰属します(民法959条)。ただし相続財産管理人の選任や特別縁故者への財産分与などの手続きを経るため、実際に国庫に帰属するまで1〜2年かかります。この間の管理費や清算コストで、財産の3〜4割が消えることもある。遺贈寄付は、自分の意思で使い道を決められる貴重な選択肢です。
Q4. 一部の相続人だけを外して、認定NPOに全額寄付する遺言は書けますか?
書けますが、遺留分侵害額請求のリスクがあります。配偶者・子・直系尊属には遺留分があるので、そこを侵害すると相続人から金銭請求される。兄弟姉妹には遺留分がないので、兄弟姉妹だけが法定相続人の場合は、全額を寄付する遺言も有効です。私が現場で見てきた限り、遺留分を無視した遺言は9割方トラブルになるので、事前に相続人への説明と設計をしっかりやってほしいです。
Q5. 遺言書を書いた後、寄付先を変えたくなったらどうしますか?
いつでも書き直しできます。公正証書遺言の場合、新しい遺言を作成すれば、日付が新しい方が優先されます(民法1023条)。私が担当した相談者では、5年間で3回書き直した方もいます。人生観や価値観は変わるものだから、定期的な見直しは大事。ただ、書き直すたびに公証役場の手数料(4万〜10万円)がかかるので、5〜7年おきくらいが現実的な頻度です。
Q6. 寄付先の団体が受け取ってくれるか、事前に確認できますか?
できます。むしろ、必ず事前確認してください。多くの認定NPOや公益法人は「遺贈寄付相談窓口」を設けていて、事前面談を受け付けています。私が相談者に案内するのは、電話で担当者と話して、必要なら訪問して、どんな形の遺贈なら受け取ってもらえるかを確認する流れ。特に不動産が絡む場合は必須です。事前確認せずに遺言を書くと、団体が受け取り拒否したときに遺贈が宙に浮きます。




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