先日、あるお通夜の受付に立っていたら、40代くらいの男性が小声で「あの、焼香って何回するんでしたっけ」と聞いてきました。故人は奥様のお父様で、初めての喪家側の立場。緊張で手が震えていて、こちらまで胸が締めつけられました。
現場で20年見てきて思うのは、焼香の回数や作法を「なんとなく」で済ませている方が本当に多いということ。実際、宗派によって1回だったり3回だったり、そもそも押しいただかない宗派もあります。知らないと故人や遺族に対して失礼になってしまう場面もある。
この記事では、宗派別の焼香回数と、立礼・座礼・回し焼香それぞれの作法を、現場で新人スタッフに教えているそのままの言葉でまとめます。読み終わる頃には、どんなお葬式に呼ばれても迷わず動けるようになっているはずです。
焼香の基本を知る前に、まず「なぜ焼香をするのか」
焼香とは、細かく刻んだ香木(抹香)を香炉で焚いて、故人と仏様に手向ける仏教の作法です。香りには自分の身と心を清める意味があり、参列者一人ひとりが故人に「あなたのために香を捧げます」という気持ちを表す儀式でもあります。
お香は仏教では非常に神聖なもので、仏様への最上の供養とされています。だから焼香は「軽く挨拶する」感覚ではなく、故人に向き合う数少ない瞬間として大切にしてほしい所作なんです。
ちなみに焼香は「抹香焼香」と「線香焼香」の2種類があります。葬儀・告別式で使うのはほとんど抹香焼香で、粉状のお香を右手の親指・人差し指・中指の3本でつまむ形式。線香焼香は自宅の仏壇やお墓参りで使うことが多いですね。
「押しいただく」ってどういう動作?
焼香の作法でよく出てくる「押しいただく」という言葉。これは、つまんだ抹香を額の高さまで持ち上げる動作のことです。香に対する敬意を表す所作で、額に近づけて軽くお辞儀するように行います。
ただし、後で詳しく説明しますが、宗派によっては「押しいただかない」のがルール。特に浄土真宗系は絶対に押しいただかないので、ここは本当に注意してほしいポイントです。うちのホールでも、浄土真宗のお寺様が来てくださる時は、司会が事前に「押しいただかず、そのまま香炉へ」とアナウンスするようにしています。
【宗派別】焼香の回数と押しいただきの有無
ここが本題です。宗派によって焼香の回数と、押しいただくかどうかが全然違います。まずは比較表で全体像を掴んでください。
| 宗派 | 焼香の回数 | 押しいただく | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 浄土真宗 本願寺派(お西) | 1回 | しない | そのまま香炉へ落とす |
| 浄土真宗 大谷派(お東) | 2回 | しない | 2回とも押しいただかない |
| 浄土宗 | 1〜3回(1回が主流) | する | 特に決まりなし、心を込めて |
| 真言宗 | 3回 | する | 身・口・意の三業を清める |
| 天台宗 | 1回または3回 | する | 回数に厳格な決まりなし |
| 曹洞宗 | 2回 | 1回目のみする | 2回目は押しいただかない |
| 臨済宗 | 1回 | する(任意) | 厳密な決まりなし |
| 日蓮宗 | 1回または3回 | する | 3回の場合は仏・法・僧の意味 |
| 日蓮正宗 | 3回 | する | 導師は3回、参列者は1回の場合も |
この表を見て「え、こんなに違うの」と驚く方が多いと思います。実際、参列者側は自分の家の宗派で焼香することが多く、喪家の宗派に完全に合わせる必要はないとされています。ただ、迷った時は喪家の宗派に合わせるのが丁寧です。
浄土真宗が特殊な理由
浄土真宗が「押しいただかない」のは、教義に深い理由があります。浄土真宗では、亡くなった方はすぐに阿弥陀如来の力で浄土に往生するとされていて、焼香は追善供養(故人のためにする供養)ではなく、阿弥陀如来への感謝と敬意を表すもの。
だから香を額に押しいただくことで「自分の努力で故人を成仏させよう」とする所作は、教えに反するとされているんです。回数も本願寺派は1回、大谷派は2回と決まっていて、そのままスッと香炉に落とすのが正しい作法。以前まとめた仏式葬儀の流れと焼香・数珠の基本マナーでも詳しく触れています。
真言宗が3回する意味
真言宗では焼香を3回行いますが、これは「身・口・意(しん・く・い)」の三業を清めるという意味があります。身体・言葉・心の三つを香で清めて、仏様に向き合う準備を整える、そういう深い意味が込められている。
ちなみに、参列者が多い葬儀で全員が3回焼香すると、火葬場の時間が押してしまうことがあります。そういう時は「1回でも構いません」と司会からアナウンスされることも珍しくない。回数にとらわれすぎず、故人を偲ぶ気持ちが一番大切です。
曹洞宗の「2回のうち1回目だけ押しいただく」
曹洞宗は少し独特で、2回焼香するうちの1回目は押しいただいて、2回目は押しいただかずにそのまま香炉に入れます。1回目は「主香(しゅこう)」といって供養の香、2回目は「従香(じゅうこう)」といって1回目の香を絶やさないための香、という位置付け。
曹洞宗のマナーについては曹洞宗の葬儀マナー・焼香とお布施の作法でさらに詳しく解説しています。
立礼焼香の作法|椅子席の葬儀場での基本手順
立礼焼香は、参列者が順番に立ち上がって焼香台まで進み、立ったまま焼香を行う形式。現在の葬儀場やセレモニーホールでは、ほぼこの形式が主流です。手順を順番に見ていきましょう。
- 自分の順番が来たら、席を立って焼香台の手前まで進む
- 遺族と僧侶に軽く一礼する
- 焼香台の前に進み、遺影に向かって深く一礼
- 右手の親指・人差し指・中指の3本で抹香をつまむ
- 宗派の作法に従って押しいただく(または押しいただかない)
- 香炉に静かに落とす(宗派の回数分繰り返す)
- 合掌して深く一礼
- 1〜2歩下がって、再び遺族に一礼して席に戻る
ポイントは、動作を急がないこと。特に焼香台の前に立った時、少し間を置いて故人の遺影と対峙する時間を持ってほしい。「焦って作法を間違えないか」と気にする方が多いですが、多少手順が違っても、心を込めた所作は必ず遺族に伝わります。
数珠の持ち方も忘れずに
焼香の時、数珠は左手にかけておくのが基本。合掌する時は両手を合わせて数珠を親指と人差し指の間に通します。焼香でつまむ動作は右手のみを使うので、数珠は左手から離さないでください。
時々、数珠を焼香台の縁に置いてしまう方がいますが、これはマナー違反。数珠は「持ち歩くお守り」でもあるので、常に自分の手元にあるようにしてくださいね。
座礼焼香の作法|和室・お寺での正座スタイル
座礼焼香は、畳敷きの和室やお寺の本堂で行われる形式。全員が正座または胡坐で座っており、順番が来たら膝行(しっこう=正座のまま膝でにじり寄る動作)で焼香台まで進むのが正式作法です。
ただ、最近は膝行ができない方も多いので、中腰で移動しても失礼にはあたりません。うちで施行するお寺葬でも、ご年配の参列者には「無理せず中腰で結構ですよ」とご案内しています。
- 順番が来たら中腰または膝行で焼香台の手前まで進む
- 焼香台の1メートル手前で正座し、遺族と僧侶に一礼
- 焼香台の前まで膝で進み、正座する
- 遺影に一礼してから抹香をつまむ
- 宗派の作法通りに焼香を行う
- 合掌して一礼
- 正座のまま少し下がり、遺族に一礼
- 中腰で自分の席に戻る
座礼焼香で意外と見落とされるのが「立ち上がらない」というルール。焼香台まで移動する時に、うっかり立ってしまう方が多いんです。周りの参列者よりも頭の位置が高くなると失礼にあたるので、必ず低い姿勢を保ってください。
正座がつらい時の対処法
長時間の正座で足がしびれてしまい、焼香で立てなくなる方が本当に多いです。無理せず、事前にお寺や葬儀社スタッフに「足が悪いので椅子を用意してほしい」と伝えてくださいね。今はほとんどのお寺で椅子や正座椅子を用意しています。
また、女性でスカートを履いている場合、膝行の際にスカートが乱れないよう、片手で押さえながら動くと美しく見えます。お通夜の参列マナー完全ガイドでも服装の注意点をまとめているので、参考にしてみてください。
回し焼香の作法|自宅葬・狭い会場での焼香スタイル
回し焼香は、参列者が席から動かず、香炉と抹香の入った盆を次の人へ回していく形式。自宅葬や、会場が狭くて焼香台の前に人が並べない場合に採用されます。ここ数年、家族葬が増えたことで回し焼香の機会も明らかに増えました。
- 前の人から香炉と抹香盆を両手で受け取る
- 自分の膝の前(または座卓の上)に静かに置く
- 遺影に向かって軽く一礼
- 宗派の作法に従って焼香する
- 合掌して一礼
- 両手で香炉と抹香盆を持ち、次の人に両手で渡す
回し焼香の最大の注意点は、香炉と抹香盆を「両手で受け渡しする」こと。片手で渡すのは非常に失礼にあたります。香は仏様への供物なので、両手で丁寧に扱うのが原則です。
また、自宅葬では畳の上に直接盆を置く場合と、座卓の上に置く場合があります。狭い部屋だと膝の上に置くこともありますが、その時は香炉が傾かないよう水平に保ってください。抹香がこぼれると、後から掃除する遺族の負担になってしまいます。
焼香でよくある失敗と、その場でリカバリーする方法
現場で20年見てきた中で、参列者がやりがちな失敗ワースト5を紹介します。もし自分がやってしまっても大丈夫、落ち着いてリカバリーする方法もセットで覚えておいてください。
1. 抹香を多く取りすぎる
緊張してつい大量の抹香をつまんでしまう方がいます。抹香は「一つまみ」で十分。指先で少量つまむ感覚で結構です。もし多く取ってしまったら、そのまま香炉に落として構いません。慌てて戻そうとする方が見苦しくなります。
2. 回数を間違える
3回のところを1回で終わってしまったり、その逆をやってしまったり。これは本当によくある失敗ですが、遺族も僧侶もほとんど気にしていません。「あ、間違えた」と気付いた瞬間に慌てて追加するより、そのまま合掌して席に戻る方が自然です。
3. 数珠を落とす
合掌の際に数珠が滑って落ちてしまうこと、ありますよね。落としたら黙って拾って、そのまま焼香を続けて大丈夫です。焦って踏まないよう、足元を確認する落ち着きは持ってください。
4. 遺族への一礼を忘れる
焼香台に進む時と戻る時、遺族への一礼は絶対に忘れないでほしい所作です。故人を偲ぶだけでなく、遺されたご家族への敬意を示す大事なマナー。もし忘れて席に戻ってしまったら、次の機会(出棺時など)で丁寧にお辞儀すれば大丈夫です。
5. 香炉の位置を間違える
抹香と香炉の位置関係は、右側に抹香、左側に香炉が基本。左手で抹香を、右手で香炉に落とすのではなく、右手でつまんで左側の香炉に落とすんです。間違えても遺族が困ることはないので、気付いたらそのまま所作を続けてください。
神式・キリスト教式との違い|「焼香」ではない場合の作法
仏式以外のお葬式に呼ばれた時、焼香に相当する所作が別にあります。慌てないよう、他の宗教の作法も簡単に押さえておきましょう。
神式は「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」
神式の葬儀では焼香の代わりに、榊の枝に紙垂(しで)をつけた「玉串」を祭壇に捧げます。玉串を時計回りに90度回して、根元を祭壇に向けて置く。その後、二礼二拍手一礼(葬儀では音を立てない「しのび手」)を行います。
神式のマナーは神葬祭の流れと玉串奉奠のやり方で詳しく解説しているので、神道の葬儀に呼ばれた時はぜひ確認してください。
キリスト教式は「献花」
キリスト教式では、白い花(多くは白菊やカーネーション)を祭壇に捧げる「献花」を行います。花の茎を祭壇側、花を自分側に向けて両手で持ち、時計回りに90度回して、花を祭壇に向けて置きます。その後、深く一礼または黙祷。
プロテスタントとカトリックで細かい違いはありますが、参列者側の作法はほぼ同じです。合掌の代わりに黙祷や十字を切る所作も見られますが、信者でない方は静かに一礼するだけで十分。
焼香で覚えておきたい、その他の細かいマナー
基本の作法以外にも、現場で意外と見落とされているマナーがいくつかあります。細かい部分ですが、知っておくと当日の所作に自信が持てるはずです。
焼香の順番は喪主から
焼香の順番は、故人と関係の深い順に行うのが基本。喪主→遺族→親族→一般参列者、という流れです。会社関係や友人の方は、案内スタッフの誘導に従って進めば問題ありません。
コートやマフラーは事前に脱ぐ
冬場の葬儀で意外と多いのが、コートを着たまま焼香に向かってしまうケース。コート・マフラー・帽子は会場に入る前に脱いでおくのがマナー。ホールに入る前のクロークで預けるか、ハンガーラックを使ってください。
写真撮影・スマホ操作は厳禁
焼香中はもちろん、式典中のスマホ操作は絶対にNGです。マナーモードにするのではなく、電源を切ってバッグにしまっておく。振動音も意外と大きく響くので、注意してくださいね。
焼香後は席に戻るまで気を抜かない
焼香を終えて席に戻る時、ホッとして表情が緩んでしまう方がいます。式が終わるまでは故人と向き合う場。席に着いても背筋を伸ばして、静かに時間を過ごしてください。
よくある質問
Q1. 自分の宗派と喪家の宗派が違う場合、どちらに合わせるべきですか
基本的には自分の宗派の作法で問題ありません。焼香は故人を偲ぶ気持ちが最も大切なので、慣れた作法で心を込めて行う方が自然です。ただし、喪家が浄土真宗など特殊な作法の場合、周囲と作法を合わせたい気持ちがあれば喪家の宗派に従っても構いません。どちらにしても失礼にはあたらないので、迷いすぎないでください。
Q2. 焼香の回数が減らされる「1回焼香」を案内されたら、宗派に関係なく1回で良いですか
はい、司会から「時間の関係で1回焼香でお願いします」とアナウンスがあれば、それに従ってください。参列者が多い葬儀や火葬時間が迫っている場合、こうした案内は珍しくありません。宗派の作法よりも、進行を尊重する方が礼儀にかなっています。
Q3. 子どもも焼香させるべきですか
年齢に決まりはありませんが、小学生以上なら大人と同じように焼香させて構いません。作法が分からなくても、親と一緒に手を合わせるだけで十分です。未就学児の場合、無理をせず親の膝の上や隣で静かに座っているだけで大丈夫。焼香させたい場合は、抱っこして一緒につまむ形が現実的です。
Q4. 焼香の時、香炉の火が消えていたらどうしますか
そのまま抹香を落として問題ありません。抹香焼香では、香炉の中に炭が入っていて煙が上がるのが本来ですが、火が消えていても失礼にはあたりません。慌てて葬儀スタッフに知らせる必要もなく、静かに焼香を続けてください。
Q5. 数珠を持っていない場合、焼香してはいけませんか
数珠は持参が望ましいですが、なくても焼香は可能です。数珠は仏具なので他人と貸し借りするものではないとされています。持っていない場合は、そのまま素手で合掌してください。次回のために、簡単なものでよいので略式数珠を1本購入しておくと安心です。
Q6. 妊娠中や体調不良で焼香に立てない時はどうすれば良いですか
無理せず、席で合掌するだけで大丈夫です。事前に葬儀社スタッフや遺族に「体調が悪くて焼香に立てない」と伝えておけば、周囲も理解してくれます。回し焼香の場合は、抹香をつまむだけでも省略して、次の人に回して構いません。故人を偲ぶ気持ちが何よりも大切です。
焼香は、故人と最後に向き合う数少ない瞬間です。回数や作法にとらわれすぎず、遺影を見つめて「今までありがとう」と心の中で伝える時間として使ってほしい。作法を間違えても、遺族はきっとあなたの気持ちを受け取ってくれます。緊張して式場に来る参列者を、これまで数え切れないほど見てきましたが、大切なのは所作の正しさより、故人を思う心だと思ってます。
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