映画『おくりびと』が公開されてから17年。あの作品をきっかけに、毎年「納棺師になりたい」と相談に来る20代、30代が後を絶ちません。先月も、保育士から転職したいという28歳の女性の面接をしたところでした。
うちの会社で20年間、新人研修と中途採用に関わってきて感じるのは、納棺師という仕事への憧れと現実のギャップが、他のどの職種より大きいということ。映画で描かれた美しい所作の裏側には、深夜の呼び出しも、ご遺体の状態に向き合う覚悟も、遺族の慟哭を受け止める精神力も全部あります。
この記事では、納棺師になるまでの具体的なルート、年収の実数、資格の取り方、そして現場で20年見てきた「やりがい」と「きつさ」を、できるだけ正直に書きます。きれいごとだけでは、3年続かない仕事なので。
納棺師とはどんな仕事か
納棺師は、亡くなった方のお身体を清め、身支度を整えて棺にお納めする専門職です。湯灌(ゆかん、お身体を清める儀式)、死化粧、着替え、納棺の一連を担当します。映画『おくりびと』で本木雅弘さんが演じた役、と言えばピンと来る人も多いはず。
ただ、現場の実態としては「ご遺体をきれいにする職人」というだけでは語り切れません。遺族にとって、故人と過ごす最後の濃密な時間を演出する役割も担っています。亡くなったお父さんの髭を一緒に剃るとか、お母さんの好きだった口紅をつけてあげるとか。そういう時間を作るのも納棺師の仕事です。
葬儀社に所属して動く納棺師もいれば、納棺専門会社に所属して複数の葬儀社からの依頼を受ける納棺師もいます。後者の代表が、映画の舞台にもなったおくりびとアカデミーの母体である株式会社おくりびとです。働き方も雇用形態も、思っているより多様です。
納棺師と葬祭ディレクターの違い
同じ葬儀業界でも役割が違います。葬祭ディレクターは葬儀全体の進行管理、遺族との打ち合わせ、式典の司会まで幅広く担当します。一方、納棺師はご遺体に直接向き合う専門職。技術職としての色が強いです。
うちの会社では、若手は最初の3年で両方を経験させます。納棺の現場を知らないディレクターは遺族の本当の気持ちが分からないし、葬儀全体の流れを知らない納棺師は孤立した仕事になりがちなので。
納棺師になるための具体的なルート
結論から書くと、納棺師になるのに必須の国家資格はありません。明日から「納棺師です」と名乗ることも、法律上は可能です。でも、現実にはほぼ全員が以下のいずれかのルートを通ります。
| ルート | 期間 | 費用目安 | こんな人向け |
|---|---|---|---|
| 専門学校(おくりびとアカデミー等) | 1〜2年 | 150〜250万円 | 体系的に学びたい新卒・若手 |
| 葬儀社に未経験入社して現場で習う | 3〜5年 | 無料(むしろ給与あり) | 働きながら覚えたい転職組 |
| 納棺専門会社の研修制度 | 3〜6ヶ月 | 会社負担が多い | 専門特化したい人 |
| 葬祭ディレクター技能審査経由 | 2年以上の実務後 | 受験料2万円程度 | キャリア形成として |
専門学校で学ぶルート
東京・山形にあるおくりびとアカデミーが代表的です。1年制で、湯灌・納棺の実技、エンバーミングの基礎、葬祭マナー、宗教儀礼まで体系的に学べます。学費は1年で200万円前後。
専門学校の利点は、卒業時に系列の納棺会社や提携葬儀社への就職パスがあること。技術もゼロから組み立てられるので、自己流の癖がつきません。デメリットは学費の重さ。社会人が貯金を取り崩して通うには、なかなか勇気がいります。
未経験から葬儀社に入るルート
個人的にはこちらをおすすめしています。お金をもらいながら現場で学べるのが最大の強み。うちの会社の納棺チーム10人のうち、専門学校出身は2人だけで、残りは全員未経験入社からの育成組です。
最初の3ヶ月は先輩の補助役として、ご遺体の搬送や着替えの手伝いから入ります。半年で簡単な納棺式を任され、1年で一人立ち。3年経つ頃には、難しいケース(事故や病気で長期間経過したご遺体など)にも対応できるようになります。
注意点として、入社する会社選びは慎重に。納棺の研修制度がしっかりしていない葬儀社だと、見様見真似で覚えるしかなく、技術が身につかないまま雑用係で終わってしまうケースも見てきました。面接時に「納棺の研修はどう組まれていますか」と必ず聞いてください。
資格は必要?取っておくべき民間資格
繰り返しますが、納棺師に必須の国家資格はありません。ただ、キャリアの中で取得しておくと評価される資格はいくつかあります。
- 葬祭ディレクター技能審査(厚生労働省認定の唯一の業界資格、1級と2級)
- おくりびとアカデミー認定 納棺士資格
- 日本納棺士技能協会認定資格
- 遺体感染管理士(IFSA認定、感染症対応の専門資格)
- グリーフケア・アドバイザー(遺族の心のケア専門)
このうち、業界内で最も認知度が高いのは葬祭ディレクター技能審査です。2級は実務経験2年以上、1級は5年以上で受験できます。納棺師として働きながらでも取得可能で、私の会社では1級保持者には月1〜2万円の資格手当がつきます。
遺体感染管理士は最近重要性が増している資格です。コロナ以降、感染症で亡くなった方への対応プロトコルが厳格化され、この資格を持っている納棺師は重宝されます。受験料3万円程度、講習を受ければ取得できるのでコスパは良いです。
納棺師の年収のリアル
気になる年収の話。業界全体の傾向と、私が見てきた実数を書きます。
| 経験年数 | 年収レンジ | 備考 |
|---|---|---|
| 1年目(未経験入社) | 280〜350万円 | 夜勤手当含む |
| 3〜5年(一人前) | 350〜450万円 | 件数による変動あり |
| 5〜10年(中堅) | 400〜550万円 | 資格手当・指導手当含む |
| 10年以上(ベテラン) | 500〜700万円 | 管理職になる場合も |
| 独立・フリーランス | 600〜1,000万円 | 件数次第で変動大 |
年収は地域差が大きいです。東京・大阪などの都市部は上記の上限に近く、地方は下限〜中央値あたり。また、葬儀社直雇用より納棺専門会社の方が、件数をこなせる分やや高めの傾向があります。
夜間や早朝の出動が多いので、深夜手当・早朝手当が積み重なって基本給を超える月もあります。うちの中堅納棺師(30代後半・男性)の去年の年収は487万円。そのうち70万円ほどが夜勤・休日手当でした。
独立してフリーランスになる人もいますが、ハードルは低くないです。葬儀社との取引口座を開設するのに信用が必要で、最初の1〜2年は紹介で食いつなぐケースが多い。安定して年収700万円を超える独立納棺師は、私の周りでは10年以上の現場経験と、太い人脈を持っている人だけです。
納棺師の1日の流れと働き方
「夜勤が多いんですよね?」と面接でよく聞かれます。答えはイエス。亡くなる方は時間を選びません。深夜2時に病院から呼ばれることも、日曜日の朝5時に自宅安置の依頼が入ることも普通にあります。
典型的な1日を書くと、朝9時に出社、午前中に1件目の納棺式(自宅または安置施設で1〜2時間)、午後に2〜3件目、夕方に書類処理と道具の手入れ、19時頃退社、というパターン。ただし当番日に当たると深夜・早朝の出動も。
1日の担当件数は2〜4件が標準。繁忙期(冬場や、自治体の火葬場が混む年末年始)は5件入ることも。1件あたり納棺式そのものは1時間半ほどですが、移動時間と準備・片付けで2時間半は見ておく必要があります。
休日・シフトの実情
多くの会社が4勤2休、または5勤2休のシフト制。土日祝日は通常勤務日です。お盆・年末年始も休めません。むしろ繁忙期。家族との時間を平日にずらせる人でないと、長く続きません。
私自身、子どもが小学校の運動会のときに緊急の出動が入って、夫に任せて駆けつけたことが何度もあります。ここは正直、つらいところ。同業の友人にも、子どもの行事に出られなかった話は山ほど聞きます。
この仕事のやりがい
20年やっていて、辞めようと思ったことが一度もないかと言うと嘘になります。でも続いているのは、他の仕事では味わえない瞬間があるから。
5年ほど前、80代のお母様を亡くされた40代の娘さんが、納棺式の途中で言ったんです。「母がこんなにきれいになるなんて。最後にちゃんとお別れができました」って。痩せ細って苦しそうな顔で亡くなったお母様が、化粧と着付けで生前の穏やかな表情に戻った瞬間でした。
遺族にとって、納棺の時間は故人と過ごす最後の濃密な時間です。そこに立ち会って、少しでも穏やかな見送りの場を作れたとき、この仕事を選んでよかったと心から思います。
もうひとつ、技術職としての面白さもあります。事故や闘病で損傷の大きいご遺体を、生前のお姿に近づける復元の技術。これは積み重ねでしか身につかなくて、10年経っても新しい発見があります。職人仕事が好きな人には、向いてる仕事だと感じてます。
大変なところ・きついところ
美化せずに書きます。続かない人が多いのには理由があります。
- ご遺体の状態が常にきれいとは限らない。事故、自死、長期間発見されなかったケースなど、視覚的にも嗅覚的にも厳しい現場がある
- 遺族の感情が一番揺れている瞬間に立ち会うので、暴言を浴びることも、号泣を受け止めることもある
- 夜勤・早朝・休日出動が多く、生活リズムを保ちにくい
- 感染症リスク(コロナ、結核、肝炎など)と常に隣り合わせ
- 友人や親戚に「気持ち悪い仕事」と言われた経験を持つ人が、業界内に少なくない
特に最初の1年は、新人の半数くらいが体調を崩します。匂いに慣れない、夜勤で眠れない、精神的に引きずる。これは個人の性格より、その時期は誰もが通る道。乗り越えられるかどうかは、本人の覚悟と、職場のサポート体制で決まります。
家族の理解も大事です。深夜に家を出る、休日に呼び出される、葬儀から帰ってきた服を別洗いする。家庭がこの働き方を受け入れてくれないと、仕事も家庭も両方しんどくなります。私は夫に何度も助けられました。
どんな人が向いているか
20年で100人以上の新人を見てきて、続く人と続かない人には傾向があります。
続く人の共通点は、まず手先が器用なこと。死化粧、着付け、髪の整え。すべて細かい作業の積み重ねです。次に、人の感情を受け止める器の大きさ。遺族の悲しみに巻き込まれず、でも冷淡にもならず、適切な距離で寄り添える人。
意外な共通点として、看護師・介護士・美容師の経験者が多いです。人の身体に触れることに抵抗がなく、ケアの感覚を持っている。前職がこれらの方は、教えやすいし伸びるのも早いです。
逆に、映画やドラマのイメージだけで入ってきた人は、最初の半年で離れていくことが多い。憧れだけでは、深夜の寒い安置室で遺族の慟哭を浴びる現実を支えきれません。動機が「人の役に立ちたい」「死と向き合う仕事をしたい」という具体的な強さを持っているかどうか、面接でも一番見るポイントです。
よくある質問
Q1. 女性でも納棺師になれますか?
もちろんなれます。むしろ最近は女性納棺師の需要が高いです。女性のご遺体の納棺、特に死化粧や着付けは、女性納棺師を希望される遺族が多いから。私の会社の納棺チームも半数は女性です。体力面の不安を持つ方もいますが、ご遺体の移動は2人体制が基本なので、特別に筋力が必要ということはありません。
Q2. 高卒・中卒でも就職できますか?
学歴より人物重視の業界です。高卒・中卒で活躍している納棺師はたくさんいます。求人票で「高卒以上」と書かれていても、面接で誠実さや覚悟が伝われば採用されるケースも多い。学歴がコンプレックスで諦めるのはもったいないです。
Q3. 全くの未経験から何年で一人前になれますか?
標準で3年です。1年目で基本的な納棺式ができるようになり、2年目で多少難しいケースも対応、3年目で後輩指導もできるレベル。ただし、事故・自死・腐敗の進んだご遺体への対応は、5年以上の経験が必要な領域です。一生学び続ける仕事だと思って向き合ってください。
Q4. メンタルが弱いタイプでも務まりますか?
正直に言えば、繊細すぎる方は厳しい部分があります。ただ「メンタルが弱い」と自覚している人ほど、自分の限界を知っていて長く続くケースもあります。問題は、強がって無理をする人。最初の1年で体調や精神を崩したら、すぐに上司に相談できる職場を選んでください。研修制度とメンタルサポートの有無は、入社前に必ず確認すべきポイントです。
Q5. 専門学校に行かないと、いい会社に就職できませんか?
そんなことはないです。むしろ大手葬儀社の多くは、未経験者を新卒・中途で採用して自社で育てる方針です。専門学校の最大のメリットは「業界に飛び込む決心がついた」という覚悟の証明と、就職時のネットワーク。学費を払う余裕があるかどうか、自分の学習スタイル(座学が向いているか、現場で覚える方が早いか)を考えて選んでください。
Q6. 体力がない女性でも続けられますか?
続けられます。私自身、165cm・55kgで筋力には自信ない方ですが20年やってます。ご遺体の移動は必ず複数人で行いますし、専用の移動補助具もあります。むしろ夜勤による生活リズムの乱れの方が体への負担は大きいので、睡眠管理と食事の自己管理が長く続ける鍵です。




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