日本でエンバーマーになるには?現役ベテランが語る資格・年収と「遺体衛生保全士」の真実
はじめまして。業界に携わって早20年、プライベートでは一児の母でもある「私」が、今日はみなさんにこの仕事の真実をお話ししたいと思います。
映画『おくりびと』の影響もあり、ご遺体に携わる仕事への関心が高まりました。しかし、「エンバーマー」と「納棺師」の違いや、実際に日本でどうすればエンバーマーになれるのか、その具体的な道筋はあまり知られていません。
エンバーミング(遺体衛生保全)は、単なる死化粧ではありません。それは、最愛の人を失ったご家族が、もう一度「その人らしさ」に出会い、穏やかにお別れをするための「グリーフケア(悲嘆のケア)」の要(かなめ)なのです。
この記事では、私が現場で見てきた景色、資格の取り方、そしてこの仕事の厳しさとそれ以上のやりがいについて、包み隠さずお伝えします。
1. エンバーマー(遺体衛生保全士)とは?納棺師との違い
科学的な処置を行う技術者
まず、一番大切な定義からお話ししますね。エンバーマーとは、ご遺体の「殺菌消毒・防腐処置・修復・化粧」を行う専門技術者のことです。日本語では「遺体衛生保全士」と呼ばれます。
よく混同される「納棺師」さんとの決定的な違いは、「体内の血液と防腐液を入れ替える外科的な処置を行うかどうか」です。
- 納棺師:ご遺体の清拭(湯灌)、着せ替え、死化粧を行い、棺に納める儀式の専門家。医療行為に近い処置は行いません。
- エンバーマー:動脈から防腐剤を注入し、静脈から血液を排出する処置を行います。これにより、腐敗を完全に止め、感染症を予防し、生前の安らかなお顔を長期間保つことができます。
なぜ今、エンバーミングが必要なのか
私がこの仕事を始めた頃より、現在のほうが圧倒的に需要が高まっています。それは「死のあり方」が変わったからです。
核家族化で葬儀まで日程が空くことや、海外への搬送、あるいは事故や闘病による変化を修復してほしいという切実な願い。ご遺族が「怖がらずに触れられる」「冷たくない(ドライアイスを極力減らせる)」状態を作ることで、後悔のないお別れをサポートするのが私たちの使命です。
2. 日本でエンバーマーになるには?資格取得のルート
日本において、エンバーマーは国家資格ではありません。しかし、ご遺体にメスを入れる等の高度な処置を行うため、事実上の業界標準となっている民間資格が必須です。
必須資格:IFSA認定「遺体衛生保全士」
日本でプロとして活動するなら、一般社団法人 日本遺体衛生保全協会(IFSA)が認定する「遺体衛生保全士」の資格取得が唯一の王道です。独学や通信教育だけでなれるものではありません。
具体的なステップ:養成校への入学
現在、IFSAが認定している養成機関(専門学校や大学)に入学し、所定のカリキュラムを修了する必要があります。ルートは主に以下の通りです。
- IFSA認定の専門学校・大学に入学する
通常は2年制(専門学校)や4年制(大学)の葬祭マネジメント系学科や、エンバーミングコースを選びます。 - 医学・解剖学・公衆衛生学などを学ぶ
ご遺体を扱うため、解剖学や生理学、公衆衛生、感染症予防などの知識は看護師並みに求められます。もちろん、実習もあります。 - 資格認定試験に合格する
所定の単位を取得後、IFSAが実施する認定試験(筆記・実技)を受験し、合格するとライセンスが交付されます。 - IFSA加盟のエンバーミング企業へ就職
資格取得後、IFSA加盟企業に就職し、さらに「見習い(インターン)」として一定件数の処置を経験して初めて、一人前のエンバーマーとして認められます。
【母としての視点】社会人からの転身は可能?
「今からでもなれますか?」と聞かれることがありますが、答えはYESです。ただし、専門学校に通い直す必要があるため、時間と学費(200万〜400万円程度)の確保が必要です。夜間コースなどは稀なため、一度仕事を辞めて学び直す覚悟が求められます。実際、私の同僚にも元看護師や元介護職の方がいらっしゃいますよ。
3. エンバーマーの仕事内容:1日の流れと現場のリアル
華やかなイメージを持たれることもありますが、現場は「医療現場」と「アトリエ」の中間のような雰囲気です。ある一日の流れをご紹介します。
午前:打ち合わせと準備
出社後、その日に担当するご遺体の情報(死因、経過、ご遺族の要望)を確認します。「闘病で痩せてしまった頬をふっくらさせてほしい」「事故の傷を目立たなくしてほしい」など、要望は様々です。
午後:施術(エンバーミング)
処置室(オペ室のような場所)に入り、防護服を着て施術を行います。
- 洗浄・消毒:全身をきれいに洗い清めます。
- 保全処置:小切開を行い、ポンプを使って防腐保全液を注入・排血します。この時、顔色を見ながら液の色や圧力を微調整します。これが職人技です。
- 修復・化粧:必要に応じて傷の縫合や、デスマスクのような修復材を使った形成を行います。最後に死化粧を施し、髪を整えます。
1件あたり3時間〜4時間程度。集中力と体力が勝負です。
夕方:ご遺族との面会・報告
処置後のご遺体をご家族に確認していただきます。「まるで眠っているみたい」「やっと苦しみから解放された顔になった」と言って涙を流される瞬間、私たちの疲れも吹き飛びます。
4. エンバーマーの年収・給料事情
生活がかかっている以上、お金の話も重要ですよね。あくまで目安ですが、業界の相場をお伝えします。
- 初任給:月収20万〜25万円程度
- 平均年収:350万〜500万円程度
- ベテラン・センター長クラス:600万円以上
特殊技能職であるため、一般的な葬儀スタッフよりはやや高めの設定であることが多いです。また、資格手当や施術件数に応じたインセンティブがつく会社もあります。
決して「濡れ手で粟」のような高給取りではありませんが、安定した需要があり、専門職としての誇りを持てる水準だと私は感じています。
5. 覚悟しておいてほしい「厳しさ」
この仕事の良さを伝えたい私ですが、あえて厳しい面もお話しします。軽い気持ちでは務まらないからです。
感染症のリスクと化学薬品
ご遺体は時に、結核や肝炎、HIVなどの感染症をお持ちの場合があります。また、使用するホルムアルデヒドなどの薬品は人体に有害です。徹底した換気設備と防護服着用が義務付けられていますが、自身の健康管理には人一倍気を使う必要があります。
精神的な負担
幼いお子さんや、痛ましい事故のご遺体に向き合うこともあります。ご遺族の悲しみをダイレクトに受け止めるため、自分自身が精神的にタフであること、そしてオン・オフの切り替えができることが重要です。私も最初の頃は、家に帰って子供の寝顔を見ながら泣いたことが何度もありました。
6. それでも私がエンバーマーを続ける理由
辛いことも多い。体力も使う。それでも私が20年続けてこられたのは、この仕事が「命の尊厳を守る究極のサービス」だと信じているからです。
エンバーミングを施されたご遺体は、本当に綺麗です。ドライアイスで凍えることもなく、生温かいような柔らかさを取り戻します。
ご遺族が「触ってもいいですか?」と聞き、頬に触れ、手を握り、最後に抱きしめることができる。
「冷たくないね、よかったね」
その光景を見るたび、私は心の中で「行ってらっしゃい」と呟きます。
死は終わりですが、残された人にとっては新しい生活の始まりです。その第一歩を、後悔のない温かいものにする。それがエンバーマーの誇りです。
まとめ:エンバーマーを目指すあなたへ
エンバーマーは、技術職でありながら、究極の接客業であり、心のケアの専門家です。
もしあなたが、「誰かの役に立ちたい」「手先の器用さを活かしたい」だけでなく、「人の痛みに寄り添いたい」という強い気持ちを持っているなら、この世界はあなたを待っています。
道のりは楽ではありません。学校に通い、試験を受け、修行が必要です。でも、40代の私でも、毎日「いい仕事をした」と思って眠りにつくことができます。
興味を持たれたら、まずはIFSAのホームページを見たり、専門学校のオープンキャンパスに行ってみてください。あなたのその優しさが、誰かの救いになる日が来ることを願っています。



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