去年、生命保険会社の営業さんから「相続診断士って取った方がいいですかね」と相談されました。彼女は40代後半、契約者の親世代がそろそろ相続を意識する年齢になってきて、お客様の話についていけない場面が増えてきたそうです。私自身、葬祭ディレクターとして20年現場に立ってきて、ご遺族から相続の相談を持ちかけられることが本当に増えました。10年前は葬儀が終わったらお別れだったのに、今は「四十九日までに銀行をどうしたらいいか」「不動産は誰の名義か分からない」という話が当たり前のように出てきます。
そんな中で気になるのが、一般社団法人相続診断協会が認定する「相続診断士」という民間資格。合格率は90%を超えると言われていて、難易度はそこまで高くない。じゃあ取っても意味がないのか、というとそうではなくて、保険営業や葬祭業のように「お客様の入口」に立つ仕事には、思っている以上に武器になる場面があります。
この記事では、相続診断士の試験の中身、本当の難易度、費用、そして現場でどう活きるのかを、保険営業や士業、葬祭業の視点から具体的に書いていきます。資格マニアになるためではなく、明日の仕事に使えるかどうか、を軸にお話しします。
相続診断士とはどんな資格か
相続診断士は、一般社団法人相続診断協会が2011年から認定している民間資格です。国家資格ではなく、税理士や司法書士のような独占業務はありません。資格の趣旨をひと言で言うと「相続の入口の専門家」。トラブルになる前に、家族の状況を聞き取って、必要なら税理士や弁護士、司法書士につなぐ役割です。
協会の発表によれば、2024年時点で認定者数は累計6万人を超えています。日本の人口動態を見ると、年間の死亡数は約160万人。そのうち相続税の課税対象になるのは1割弱ですが、相続税がかからない家庭でも揉めるケースは山ほどあります。家庭裁判所の遺産分割事件のうち、約75%は遺産総額5000万円以下というデータもあって、「うちは関係ない」と思っていた家ほど揉める。だからこそ、入口で気づける人材が必要とされています。
上位資格との関係
相続診断士の上には「上級相続診断士」、さらに上に「相続診断士プラチナ会員」という階段があります。上級になると合格率は40〜50%まで落ち、税務・民法の踏み込んだ知識が必要になります。最初は相続診断士でスタートし、実務で必要を感じたら上級にステップアップする流れが一般的です。
ファイナンシャルプランナー(FP)の上位資格と組み合わせる人も多いです。FP2級+相続診断士、CFP+上級相続診断士、という組み合わせは保険業界では定番。お客様への信頼感が一段上がります。
試験の内容と難易度のリアル
合格率90%超、という数字だけ見ると「誰でも受かる」と思いがちですが、実態は少し違います。きちんと勉強しない人は普通に落ちます。受験者の母集団が、保険会社や士業の事務所から半ば業務命令で送り出されてくる層なので、もともと真面目に取り組む人が多い。だから合格率が高く出ているだけです。
試験範囲と出題形式
試験はCBT方式(パソコンで受験)で、全国のテストセンターで随時受けられます。問題数は60問、試験時間は60分、合格基準は70点以上。出題範囲は以下の通りです。
| 分野 | 主な内容 | 配点目安 |
|---|---|---|
| 民法(相続編) | 法定相続人・法定相続分・遺言・遺留分 | 30% |
| 相続税の基礎 | 基礎控除・税率・小規模宅地等の特例 | 25% |
| 相続実務 | 遺産分割協議・名義変更・相続手続きの流れ | 20% |
| 関連法規・周辺知識 | 成年後見・信託・贈与・保険の活用 | 15% |
| コンプライアンス | 士業との連携・守秘義務・診断士の役割 | 10% |
受験料は税込38,500円。これにはテキスト代と動画講義の視聴権、認定後の入会金、初年度年会費が含まれています。一度払うと、自分のペースで動画を見て、いつでも試験予約ができる仕組みです。
勉強時間の目安
必要な勉強時間は、まったくの初心者で30〜40時間、保険営業やFPの知識がある人なら15〜20時間が目安です。1日1時間なら1か月、土日に集中して取り組めば2〜3週間で仕上がります。子育てや仕事の合間でも、十分こなせる分量です。
協会から送られてくるテキストと動画講義をひと通り見れば、合格ラインには届きます。動画は1コマ15〜30分程度に分かれているので、通勤時間や寝る前のちょっとした時間に進められます。私の知り合いの保険外交員は、朝の出勤前30分を3週間続けて合格しました。
落ちる人の共通点
「簡単」と聞いて勉強せずに受ける人。動画講義を1.5倍速で流し見しただけの人。テキストの太字部分だけ覚えて細かい数字を覚えていない人。この3パターンは普通に落ちます。基礎控除の計算式(3000万円+600万円×法定相続人の数)や、配偶者の税額軽減(1億6000万円または法定相続分まで非課税)といった具体的な数字は、選択肢で必ず問われます。暗記する箇所は割り切って覚える、という基本動作ができていれば落ちない試験です。
保険営業にとってのメリット
保険営業の世界で、相続診断士の取得率はここ数年急上昇しています。理由は単純で、生命保険そのものが相続対策の主要なツールだから。死亡保険金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠があり、これを使うかどうかで何百万円も納税額が変わります。
提案の幅が広がる
従来の保険営業は「万が一のときの保障」を売る商売でした。今は「相続でモメないための仕組み作り」を提案する仕事に変わってきています。たとえば、長男に不動産を相続させたい家庭では、次男・三男の遺留分相当を生命保険で渡せるように設計する。受取人指定された保険金は遺産分割協議の対象外なので、揉めずに渡せる。こういう実務知識があると、保険を「節税」と「分割対策」のセットで提案できるようになります。
顧客の信頼感
名刺に「相続診断士」と入っているだけで、シニア層からの受け取られ方が変わります。とくに資産のある顧客ほど、保険だけ売りに来た人と、相続全体を考えてくれる人とを明確に区別します。私が以前まとめた[40代から始めるプレ終活の進め方](https://sougi-shigoto.info/pre-shukatsu-40s-declutter-digital-assets/)でも触れましたが、40代後半から相続を意識し始める世帯が増えているので、この層へのアプローチには相続診断士の肩書きが効きます。
紹介経路が増える
相続診断協会には、税理士や司法書士のネットワークがあります。診断士として相談を受けて、自分の手に負えない領域を士業に紹介する。逆に士業側から「保険の提案ができる人を紹介してほしい」という依頼も入ってくる。この相互紹介の流れに乗れるのが地味に大きいメリットです。
士業(税理士・司法書士・行政書士)にとってのメリット
「税理士や司法書士が、なんで簡単な民間資格を取るの?」と思われるかもしれません。でも実際には、若手士業を中心に取得が広がっています。理由は3つあります。
入口の相談に強くなる
税理士の資格を取っただけでは、相続相談の「コミュニケーション」の部分は学べません。試験では税法しかやらないので、ご家族の関係性をどう聞き取るか、デリケートな話題にどう切り込むかは現場で覚えるしかない。相続診断士のテキストには、家族構成図の書き方、ヒアリングの順序、揉めやすい家族のパターンといった実務寄りの内容が入っているので、若手が現場感覚を身につけるのに使いやすい。
他士業との連携窓口
相続は税理士だけでも、司法書士だけでも完結しません。不動産の登記は司法書士、相続税申告は税理士、揉めたら弁護士、というふうに役割が分かれている。相続診断協会の認定者ネットワークに入ると、自然と他士業との横のつながりができる。新人の税理士事務所にとって、これは大きな営業資産になります。
「終活」マーケットへの入口
士業の仕事は、これまで「亡くなってから」の相続手続きが中心でした。今は「亡くなる前」の生前対策が市場として大きくなっています。エンディングノートの書き方相談、家族信託、任意後見、遺言書作成。これらの入口は「相続診断」から始まることが多い。診断士の肩書きを名刺に入れることで、生前の相談が舞い込みやすくなります。
葬祭業・終活アドバイザーにとってのメリット
ここは私の本業の話なので、実感を込めて書きます。葬儀社の社員が相続診断士を取るケースは、ここ5年で目に見えて増えました。私の会社でも、若手のディレクターのうち4割は取得済みです。
葬儀後のフォローで差がつく
葬儀が終わってからのご遺族の悩みは、9割が手続きとお金の話です。「銀行口座が凍結された」「相続税はかかるのか」「不動産はどう分けるか」。葬祭ディレクターがここで的確に道筋を示せると、信頼が一気に深まります。具体的な税金計算は税理士の仕事ですが、「基礎控除はこのくらい」「配偶者の税額軽減はこういう仕組み」と最初の方向性を示せるだけで、ご遺族の不安は半減します。
事前相談で選ばれる理由になる
近年、生前の事前相談に来られる方が本当に増えました。「うちの葬儀をお願いするときに、相続のこともある程度わかる人だと安心」と言われたことが何度もあります。家族のサポート全体を見渡せる葬祭ディレクターは、これからの時代に強い。私が以前書いた[終活アドバイザー資格の取得メリット](https://sougi-shigoto.info/shukatsu-advisor-qualification-guide/)とセットで取得する人も多いです。
士業との連携で仕事が回る
葬儀社が地元の税理士・司法書士と連携を組むと、ご遺族の手続きをワンストップで案内できるようになります。これはお客様にとっても葬儀社にとってもメリットが大きい。診断士のネットワークがあると、信頼できる士業を見つけやすくなります。
取得後にかかる費用と更新
意外と見落とされがちなのが、認定後のランニングコスト。相続診断士は協会の会員でいる限り効力を持つ資格なので、毎年の年会費が発生します。
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 受験料(テキスト・初年度会費込み) | 38,500円 | 不合格でも返金なし |
| 年会費(2年目以降) | 7,700円 | 毎年更新 |
| 更新研修 | 3年に1回必須 | オンライン受講可 |
| 上級相続診断士へのステップアップ | 88,000円 | 受験料+テキスト |
5年保有した場合のトータルコストは、初年度38,500円+年会費7,700円×4年=69,300円。決して安くはありませんが、保険営業や葬祭業で1件の相続案件を受任できれば、十分元が取れる金額です。
取らない方がいい人・取った方がいい人
正直、誰にでも勧める資格ではありません。費用と時間に見合うリターンがあるかは、職種次第です。
取った方がいい人
- 生命保険の営業職、とくにシニア層を担当している人
- 銀行・信託銀行のリテール窓口で資産家層を担当している人
- 不動産仲介で相続絡みの物件を扱う人
- 葬祭ディレクター、セレモニースタッフ、終活カウンセラー
- 税理士・司法書士・行政書士の補助者や事務員
- 介護施設の相談員、ケアマネジャー
取らなくていい人
- 自分や家族の相続のためだけに知識を入れたい人(書籍で十分)
- 就職・転職の履歴書に書く資格を増やしたいだけの人(評価されにくい)
- すでに上級ファイナンシャルプランナーやCFPを持っている人(重複する内容が多い)
就職活動で「資格欄を埋めたい」という動機なら、私はあまり勧めません。民間資格なので採用担当者の評価は割れます。実務で使う想定があってこそ価値が出る資格です。
実務で使うために覚えておきたい数字
資格を取って終わり、では宝の持ち腐れです。お客様の前で口に出せる数字をいくつか押さえておくと、信頼感が一気に上がります。
相続税の基礎控除
3000万円+600万円×法定相続人の数。配偶者と子ども2人なら4800万円。この金額を遺産総額が下回れば、相続税はかかりません。「うちは関係ないと思いますが、念のため計算してみますね」と言える人と、言えない人とでは、信頼の度合いがまったく違います。
配偶者の税額軽減
配偶者が相続する財産のうち、1億6000万円または法定相続分のいずれか多い方までは相続税がかからない。これを知らずに「配偶者だから半分しか相続できない」と思い込んでいる方は本当に多いです。
生命保険金の非課税枠
500万円×法定相続人の数。法定相続人が3人なら1500万円までの保険金は相続税の対象外。これは保険営業にとって最大の武器ですし、葬儀後の手続きを案内する場面でも知っておくべき数字です。具体的な手続きの流れは[銀行口座凍結の解除手続き完全ガイド](https://sougi-shigoto.info/bank-account-freeze-release-funeral-cost/)でも触れていますので、合わせて確認しておきたい内容です。
小規模宅地等の特例
自宅の敷地330㎡まで、評価額を80%減額できる制度。条件はやや複雑ですが、これを使うかどうかで相続税額が劇的に変わるケースが多い。詳細は税理士に振るとしても、「こういう制度がありますよ」と言えるだけで充分です。
取得までの実際のスケジュール例
私の同僚で、葬祭ディレクター歴8年、子育て中の女性社員が去年取得しました。彼女のスケジュールを参考に紹介します。
- 1か月目:受験申込、テキストと動画講義の教材到着。週末に動画を半分視聴
- 2か月目:残りの動画を視聴、テキストを通読。気になった用語をノートにまとめる
- 3か月目前半:付属の練習問題を3周。間違えた箇所だけ集中復習
- 3か月目後半:CBT試験を予約、自宅近くのテストセンターで受験。80分かかると思ったら45分で終了。即日合否判定で合格
彼女は1日平均30分程度の勉強で約3か月。トータル30時間ほどの学習時間でした。子どもの寝かしつけの後の30分を確保するのに苦労したそうですが、テキストはコンパクトなので持ち歩きしやすい。「子どもの習い事の待ち時間に読むのにちょうどよかった」と言っていました。
よくある質問
Q1. 相続診断士は独占業務がないと聞きました。本当に意味があるのですか?
独占業務はありません。税務代理は税理士、登記は司法書士、紛争解決は弁護士の独占業務です。相続診断士の役割は、相談者の状況を整理し、必要な士業につなぐ「ハブ」になること。独占業務がないからこそ、業種を問わず誰でも持てる資格として広がっています。私の現場感覚では、保険営業や葬祭業の信頼獲得には確実に効きます。
Q2. FP2級を持っていれば相続診断士は不要ですか?
知識面では重複が大きいので、新たに学ぶことは少ないです。ただ、相続診断士は「相続専門」という打ち出しができる点で名刺映えが違います。FP2級+相続診断士の組み合わせを名刺に並べて、シニア層から問い合わせが増えたという声はよく聞きます。学習目的なら不要、ブランディング目的なら有効、という整理です。
Q3. 試験はオンラインで自宅から受けられますか?
原則、全国のテストセンター(CBT会場)に行って受験します。自宅からのオンライン受験には対応していません。テストセンターは47都道府県にあるので、地方在住でも受験しやすい仕組みです。即日合否判定で、合格の場合は後日認定証が郵送されてきます。
Q4. 葬儀社で働く新卒スタッフが取得するのは早すぎますか?
早すぎることはありません。むしろ早めに取った方が、現場で活きる場面が多いです。ご遺族から相続の質問を受けたとき、「すみません、勉強中で」と答えるより「基礎控除はこういう仕組みですよ」と案内できた方が、信頼の積み上げが早い。新人研修の一環として取得を推奨している葬儀社も増えています。費用の補助制度がある会社も多いので、まず社内で確認してみてください。
Q5. 資格を活かして独立はできますか?
相続診断士単独での独立は難しいです。独占業務がないので、報酬を取れる範囲が限られます。実際に独立している方は、行政書士や社労士、FPなどの国家資格と組み合わせ、「相続診断士でもある」という形でブランディングしているケースがほとんど。独立を目指すなら、まず国家資格を取り、その上で相続診断士をプラスする順番がおすすめです。
Q6. 高齢の親に資格取得を勧めたいのですが、勉強についていけますか?
動画講義とテキストの組み合わせなので、自分のペースで進められます。70代で取得された方の話も協会の事例集に載っています。ただ、CBTのパソコン操作に慣れていない方は、事前にテストセンターの受験ガイドで操作画面に目を通しておくと安心です。シニア層が自分の相続を考える勉強として取り組むのも、十分意味があります。
最後に伝えたいこと
相続診断士は、合格しただけでは何も変わらない資格です。テキストで学んだ知識を、目の前のお客様の困りごとにどう紐づけるか。そこに使う気持ちがある人にとっては、コスト以上のリターンが返ってくる資格だと思ってます。
逆に「履歴書の資格欄を埋めたい」「なんとなく流行ってるから」という動機なら、別のことに時間と38,500円を使った方がいい。私自身、ご遺族の前で「相続のことも一緒に考えますよ」と言えるようになって、仕事の手応えが変わりました。葬儀を担当した後、半年後に「あのとき相談してよかった」と連絡をくださるご遺族がいる。これは資格を取らなかったら手に入らなかった経験です。
保険営業の方、士業の方、葬祭業の方。それぞれの仕事の入口で、目の前のお客様の家族の話を一歩深く聞ける武器になる。そのつもりで取るなら、価値ある資格です。




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