葬儀の「逆さ事」完全ガイド|逆さ水・北枕・左前の意味と全一覧
葬儀の「逆さ事(さかさごと)」とは?意味・由来と全一覧
葬儀やお通夜の場において、「逆さ事(さかさごと)」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。「逆さ水」や「逆さ屏風」、「北枕」など、普段の生活とはあえて「逆」の手順や方法で行う儀礼のことを指します。
なぜ、故人を送り出す際にわざわざ逆のことをするのでしょうか?そこには、日本人古来の「死生観」と、死者を敬いながらも生者の世界を守ろうとする切実な願いが込められています。
この記事では、葬儀における「逆さ事」の全貌を、具体的な一覧とともに詳しく解説します。また、現代の葬儀事情における変化や、日常生活でやってはいけないタブーとしての逆さ事についても深掘りしていきます。
1. 「逆さ事(さかさごと)」の基礎知識と目的
逆さ事とは何か
「逆さ事(さかさごと)」とは、葬儀や納棺などの弔事において、日常生活で行っている作法や習慣とは「逆」の手順、あるいは「逆」の状態で行う風習の総称です。
例えば、着物の襟を通常とは逆に合わせる「左前(ひだりまえ)」や、お湯に水を足して温度調整するのではなく、水にお湯を足す「逆さ水(さかさみず)」などが代表的です。
なぜ逆さ事を行うのか?2つの大きな理由
逆さ事を行う理由には、主に2つの側面があると考えられています。
①「死の世界」と「生の世界」を区別するため
古来より、死後の世界はこの世(現世)とは「あべこべ」になっていると考えられてきました。「生」と「死」は対極にあるものであるため、死者の世界ではすべてが逆転しているという思想です。そのため、死者があの世で迷わず暮らせるように、こちらの世界とは逆の作法で送り出すという意味があります。
②死者が生者の世界に戻ってこないようにするため(魔除け)
もう一つの理由は、死の穢れ(ケガレ)が生者の世界に及ぶのを防ぐためです。死者と同じ作法を生きている人間が行うと、死に引きずり込まれる(連れて行かれる)と恐れられていました。
あえて非日常的な「逆」の行動をとることで、「ここはあなたの住む世界とは違う場所です」「もう戻ってきてはいけません」という境界線を引き、死霊を断ち切るという呪術的な意味合いが含まれています。
2. 【完全保存版】葬儀における「逆さ事」一覧と解説
ここでは、代表的な逆さ事から、地域特有の風習までを網羅的に解説します。
① 逆さ水(さかさみず)
内容:故人の身体を清める「湯灌(ゆかん)」の際などに使うお湯を作る際、通常とは逆の手順でお湯を作ります。
通常(日常):お湯に水を入れて適温にする(埋め水)。
逆さ事(葬儀):水にお湯を入れて適温にする。
意味:日常生活では「お湯(火の気)」が主体となりますが、葬儀では「水」を主体とします。ぬるくなっていく(冷えていく)過程を死になぞらえているとも言われます。
② 左前(ひだりまえ)
内容:死装束(着物)の襟の合わせ方を逆にします。
通常(日常):自分から見て右側の襟を先に合わせ、その上に左側の襟を重ねる(右前)。
逆さ事(葬儀):左側の襟を先に合わせ、その上に右側の襟を重ねる(左前)。
意味:奈良時代の「養老律令」において、「高貴な人は左を上位、庶民は右を上位」とする衣服令が定められたことに由来するという説や、単純にこの世とは逆にするという意味があります。「左前になる」という言葉が「運気が傾く・経済的に苦しくなる」という意味で使われるのも、この死装束の着方が語源です。
③ 北枕(きたまくら)
内容:故人の頭を北に向けて寝かせます。
通常(日常):かつては北枕は避けられ、東や南が良いとされた(※諸説あり)。
逆さ事(葬儀):頭を北へ、足を南へ向ける。
意味:これはお釈迦様が入滅(亡くなること)された際、頭を北に向けていた「頭北面西(ずほくめんさい)」の姿にならっています。仏教徒にとっては、極楽浄土へ往生するための最も安らかな姿勢とされています。
※厳密には「逆さ事」というよりも「成仏への願い」ですが、日常で避けるべき方向にあえて向けるという意味で、広義の逆さ事として扱われます。
④ 逆さ屏風(さかさびょうぶ)
内容:枕元に立てる屏風を逆さまにします。
通常(日常):絵柄が正しい向きになるように立てる。
逆さ事(葬儀):屏風の天地を逆さまにして(逆さにできない場合は裏返しにして)立てる。
意味:この世とあの世の境界を示す結界の役割を果たします。また、「祝い事の道具を弔事に使うのは縁起が悪い」として、あえて逆さにすることで用途を変えるという意味もあります。
⑤ 縦結び(たてむすび)
内容:死装束の帯などの結び目を縦にします。
通常(日常):帯は横に結ぶ(横結び)。
逆さ事(葬儀):結び目が縦になるように結ぶ。
意味:一度結んだら解けないようにする、あるいは畜生(動物)の結び方と同じにすることで、悪霊が憑かないようにするなど諸説あります。「二度とこのような悲しみが繰り返されないように」という願いも込められています。
⑥ 逆さ布団・逆さ着物
内容:布団や着物を掛ける向きを逆にします。
通常(日常):首元に襟がくるように掛ける。
逆さ事(葬儀):足元に襟がくるように、上下逆さまに掛ける。
意味:これも天地を逆転させることで、異界へ送り出す儀礼の一つです。
⑦ 門和尚(かどおしょう)・逆さ門松
内容:葬儀の際、玄関の門松や飾りを逆さにしたり、特別な飾り方をします。
地域によっては、和尚(僧侶)を迎える際に普段とは違う入り口(縁側など)から入ってもらう風習もあります。
⑧ 履物を揃えない・逆さに揃える
内容:故人の履物や、参列者の履物の扱い。
通常(日常):玄関で脱いだ靴は、つま先を外(出口)に向けて揃える。
逆さ事(葬儀):つま先を家の中(内側)に向けて揃える、あるいはあえて揃えずに乱しておく。
意味:「逆さに出船」とも言われ、死者が家から出ていく際に戻ってこないように、あるいは急なことであるため揃える余裕がなかったことを表現するためとされています。
⑨ 逆さ臼(さかさうす)
内容:湯灌の際のたらいを置く台として、石臼や木臼を逆さまにして使います。
意味:日常の道具である臼を逆さにすることで非日常の空間を作り出し、現世との決別を意味します。
3. 食事や儀礼における逆さ事とタブー
葬儀の場での食事(お斎)や、収骨の際にも逆さ事の考え方が適用されています。これらは日常生活で絶対に行ってはいけない「タブー」として定着しています。
箸渡し(合わせ箸)
内容:箸から箸へ食べ物を受け渡すこと。
葬儀(火葬場):火葬後の収骨の際、二人一組で箸を使って骨を骨壷に納めます。
日常のタブー:食事中に箸から箸へ料理を渡すことは、この「収骨」を連想させるため厳禁です。
立て箸(仏箸)
内容:ご飯の中央に箸を垂直に突き立てること。
葬儀(枕飯):故人に供える「枕飯(一膳飯)」では、茶碗にご飯を山盛りにし、箸を垂直に立てます。
日常のタブー:食事中に箸をご飯に立てるのは、死者の食事を意味するため忌み嫌われます。
逆さ箸(取り箸の代わり)
内容:箸の持ち手側(上部)を使って料理を取り分けること。
解説:これは厳密には葬儀の逆さ事とは異なりますが、「神人共食(しんじんきょうしょく)」の観点から、神様や仏様と人間が同じ箸の違う側を使うという意味合いがあります。
しかし、手で触れる汚れた部分で料理を触ることになるため、衛生面およびマナーの観点から、現代では葬儀の席であっても「取り箸」を使うのが正解とされています。
4. 現代の葬儀と「逆さ事」の変化
時代の変化とともに、葬儀の形式も多様化しています。それに伴い、逆さ事の扱いも少しずつ変わってきています。
病院や葬儀社の対応
現在、多くの人が病院で最期を迎えます。看護師や葬儀社スタッフによる「エンゼルケア」の段階で、着物を左前に着せたり、北枕に寝かせたりする処置が自然に行われます。
しかし、家族葬や無宗教葬が増える中、「故人が生前愛用していた洋服を着せたい」というケースも増えています。洋服(スーツやドレス)の場合、「左前」という概念が存在しないため、通常通りに着せることが一般的です。
逆さ屏風の実情
住宅事情の変化により、自宅に屏風がある家庭は少なくなりました。また、葬儀会館(斎場)での葬儀が主流となったため、逆さ屏風を目にする機会は減っています。会館葬では、祭壇のデザインそのものが結界の役割を果たしているため、屏風を設置しないケースも多いです。
合理性と伝統のバランス
「逆さ水」などは、給湯器が普及した現代においては形式的な儀式となっています。しかし、形式的であっても「非日常の儀式」として行うことに、遺族の心の区切りをつける効果があるとも言えます。
一方で、あまりに厳格なルールは遺族の負担になることもあります。現代の葬儀においては、「心を込めて送る」ことが最優先され、物理的に難しい逆さ事(例:部屋の構造上、北枕にできないなど)は無理に行わなくても良いとされる傾向にあります。
5. 日常生活で注意すべき「逆さ事」由来のタブー
葬儀の場では「正しい作法」である逆さ事も、普段の生活で行うと「縁起が悪い」「死を招く」として嫌われます。以下の行為は、日常生活では意識して避けるべきマナーです。
- 着物の襟合わせ:浴衣や着物を着る際は、必ず「右前(右が下、左が上)」にします。左前は死者の装束です。
- 箸の使い方:「合わせ箸(箸渡し)」や「立て箸」は食事のマナー違反の最たるものです。
- 布団の向き:北枕は健康法として推奨されることもありますが、年配の方の中には「死者の寝方」として忌避する方もいます。来客用の布団を敷く際は注意が必要です。
- お茶の出し方:急須の注ぎ口を相手に向けることは「縁切り」などを連想させることがあります(逆さ事とは少し異なりますが、仏事の作法と混同されやすいマナーです)。
まとめ:逆さ事は「祈り」と「区切り」の儀式
「逆さ事」は、単なる迷信や古い慣習ではありません。そこには、「愛する人が亡くなった」という受け入れがたい現実を、行動を変えることで少しずつ受け入れていこうとする、遺族の心のプロセス(グリーフワーク)が反映されています。
また、死者を穢れとして遠ざけるだけでなく、「違う世界の住人として安らかに旅立ってほしい」という敬意と祈りが込められています。
もし葬儀に参列する際や、自身が喪主となる際に逆さ事に直面したら、その行為一つ一つに込められた「故人への思い」と「生と死の境界線」を感じてみてください。形だけの儀式ではなく、命の尊厳に向き合う大切な所作であることがわかるはずです。



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