夜の10時すぎ、病院から「お母様がお危ない状態です。すぐに来てください」と電話が入る。受話器を握ったまま、頭の中が真っ白になって、何を着替えればいいのか、誰に連絡すればいいのか、車のキーをどこに置いたかすらわからなくなる。葬祭ディレクターとして20年、ご家族からその瞬間の話を何百回と聞いてきました。みなさん共通しておっしゃるのは「あの数時間、何をどうしたか覚えていない」という言葉です。
でも、本当はその数時間こそが大切なんです。最後に家族と過ごせる時間であり、その後の葬儀や手続きにつながる準備の時間でもある。だからこそ、頭が動かなくなる前に、何を聞いて、誰に連絡して、何を持っていけばいいのかを知っておいてほしい。この記事は、そのための「現場の手帳」のようなつもりで書きました。
泣いてもいいし、取り乱してもいい。ただ、ひとつだけ、深呼吸して、これから書くことを順番に確認してみてください。きっと足が動きます。
「危篤」と「重篤」「重体」の違いを正しく理解する
病院から連絡が入ったとき、まず聞き取らないといけないのが「今、どの状態か」です。似た言葉に聞こえますが、医療現場での意味は大きく違います。私が現場で見てきた範囲でも、ご家族が「重篤」と「危篤」を取り違えて、慌てて遠方の親族を呼び寄せたあとに「もう少し時間があった」と気まずくなったケースが何度もありました。
危篤は「数時間から数日のうちに命を落とす可能性が極めて高い」状態を指します。医師がご家族に連絡する基準もここにあり、「ご家族をお呼びください」という言葉は事実上、最期が近いことを伝えるサインです。重篤・重体は「命に関わる重い状態だが、回復の可能性も残っている」段階を意味します。意識不明や人工呼吸器装着など状況は深刻ですが、危篤とイコールではありません。
この違いは、連絡する相手の範囲や心の構えを決める出発点になります。詳しい違いと使い分けは「重篤・危篤・重体」の違いと緊急度でも整理しているので、落ち着いて読める時間があれば目を通しておくと安心です。
電話を受けたときに必ず確認する5つのこと
病院からの電話は短いことが多いです。看護師さんも次の対応があって、長く話せません。私が遺族にお勧めしているのは、メモ用紙とペンを電話のそばに置いておいて、最低でも次の5つだけは聞き取ること。
- 現在の状態(危篤か、重篤か、意識はあるか)
- 到着までにかかる時間の目安(あとどれくらい持ちそうか、医師の見立て)
- 面会できる病棟・部屋番号と入口(夜間は通用口になることが多い)
- 付き添える人数の制限(ICUは1〜2名までが一般的)
- 主治医・担当看護師の名前
「あとどれくらいですか」と聞くのはためらわれるかもしれません。でも、ここを曖昧にしたまま家を出ると、遠方の親族にどこまで連絡していいかが判断できなくなります。看護師さんは医師ではないので断定はしませんが、「今夜が山かもしれません」「明日まで持つかは何とも」といった現場の温度感は教えてくれます。
病院に着いたら医師に必ず確認したい7つの事項
病室に駆けつけて、まず家族の顔を見たい。これが当たり前の気持ちです。ただ、面会のあとで医師が回診や説明に来てくれた瞬間に、聞きたいことをまとめて聞ける状態にしておくと、その後の判断がぐっと楽になります。医師は忙しく、まとまった時間を取れるのは1日に1〜2回が限度です。
私が遺族に「これだけは聞いてください」とお伝えしているのは次の7つ。手帳の見開き1ページに書いておくと、医師の前で頭が真っ白になっても確認できます。
- 現時点での病状と、命に関わる主な原因
- 意識のレベル(呼びかけに反応するか、声は聞こえているか)
- 痛みや苦しみがあるか、緩和の処置はどうなっているか
- 延命処置についての本人の意思を確認していたか(DNARの有無)
- 最期が近づいた場合、家族として立ち会えるタイミング
- 万一の場合、死亡診断書の発行と病院での手続きの流れ
- 遺体の安置場所(病院の霊安室で何時間まで預かってもらえるか)
後半の3つは縁起でもないと感じるかもしれません。でも、医師は「もしも」のときの手順を冷静に説明してくれます。最期の瞬間に立ち会えるかどうか、その後何時間で病院を出る必要があるか、これを知っているかどうかで、後の慌て方が全然違うんです。
延命処置の意思確認は「今」がギリギリ
本人の意識があるうちなら、もしくはエンディングノートや事前指示書が残っていれば、延命処置の方針はそれに従えます。何も残されていない場合、医師は家族に判断を委ねます。心臓マッサージをするか、人工呼吸器をつけるか、昇圧剤をどこまで使うか。この場で答えを求められるので、家族同士の意見を事前にすり合わせておくのが理想です。
意見が割れたときは、本人が元気だった頃に口にしていた言葉を思い出してみてください。「管だらけにはなりたくない」「最後まで諦めないでほしい」など、何気ない会話の中にヒントが残っていることが多いです。エンディングノートを作っておくことの価値は、まさにこの瞬間に発揮されます。エンディングノートの書き方を以前まとめているので、ご自身の準備としても役立ててください。
親族への連絡は「3つの輪」で考える
危篤の連絡をどこまで広げるか。これは多くのご家族が悩む問題です。広げすぎれば遠方の親戚を巻き込み、夜中に運転させることになる。狭めすぎれば「なぜ知らせてくれなかった」と後で揉める。私が現場でお伝えしているのは「3つの輪」という考え方です。
第一の輪は「最期に立ち会わせたい人」。配偶者、子ども、本人の親、兄弟姉妹がここに入ります。第二の輪は「最期には間に合わないかもしれないが、危篤であることを伝えるべき人」。本人と特に親しかった甥姪、いとこ、長年のご友人など。第三の輪は「亡くなったあとに訃報として連絡する人」。職場関係、近所、年賀状だけのやりとりの人など、ここまで広げます。
| 輪 | 対象者 | 連絡のタイミング | 伝える内容 |
|---|---|---|---|
| 第一の輪 | 配偶者・子・親・兄弟姉妹 | 危篤の電話を受けた直後 | 状態・病院名・部屋・すぐ来てほしいこと |
| 第二の輪 | 親しい甥姪・いとこ・親友 | 第一の輪が病院に集まったあと | 状態と意向(来られる方は来てほしい等) |
| 第三の輪 | 職場・近所・知人 | 逝去後の訃報として | 葬儀の日程と形式が決まってから |
第二の輪で迷ったときは、本人の立場で考えてみてください。「あの人には会いたかったはず」と思える相手なら連絡する。逆に「来てもらっても気を遣わせるだけ」と感じる相手は、訃報のタイミングで十分です。完璧を目指さなくていいんです。
夜中の連絡で気をつけたい話し方
危篤の連絡は時間を選べません。深夜2時、3時に電話することもあります。電話が鳴った瞬間、相手は最悪の事態を想像します。だから、第一声で「○○の家族の△△です。父が危篤で病院から呼ばれました。まだ間に合うかもしれません」と、状態をはっきり伝える。これだけで相手は身支度の準備に入れます。
LINEで連絡するのは失礼ではないか、と聞かれることがありますが、私は電話に出られない時間帯はLINEや SMSで構わないと思っています。ただし、第一の輪は必ず電話で。深夜でも、留守電に切り替わるまでコールを続けてください。緊急時は「失礼かどうか」より「伝わるかどうか」を優先します。
病院に向かうときに持っていくべきもの
慌てて家を出ると、必ず何かを忘れます。財布だけ持って飛び出した結果、病院に2泊することになって着替えがなく、コンビニで肌着を買い足したご遺族を何人も見てきました。最低限のリストを冷蔵庫やリビングに貼っておくだけで、いざというときの混乱は半減します。
- 本人の保険証・診察券・お薬手帳
- 自分の身分証明書と現金(病院の支払い・霊安室での搬送代に最低3〜5万円)
- スマートフォンの充電器・モバイルバッテリー
- 1〜2泊分の着替えと、薄手のカーディガン(病室は冷える)
- 軽食と飲み物(売店が閉まる時間帯のため)
- 本人の好きだった音楽が入った機器、家族写真など
- 印鑑(朱肉のいらないシヤチハタでも可)
- はんこと通帳の場所のメモ(後の手続きで自分が困らないため)
意識がある段階なら、本人の好きだった音楽や家族の写真は本当に効きます。声をかけてもうまく反応できなくても、聴覚は最後まで残ると言われています。お孫さんの声を録音して耳元で流したご家族、若い頃に聴いていた美空ひばりを病室でずっと流していたご家族。あとから「あれをやってよかった」と話される方がとても多いです。
服装は「動きやすさ」と「会える格好」のバランスで
喪服で行く必要はありません。むしろ、ご本人がまだ目を開けたときに「黒一色」だと不安になります。普段に近い、落ち着いた色合いの服で十分です。ただ、ジャージや派手なTシャツは、その後に来られた親族の手前、避けたほうが無難。ジーンズに無地のシャツ、ジャケットを羽織れる程度の格好が動きやすくて安心です。
心の準備は「覚悟」より「許可」
「心の準備をしてください」と医師に言われると、何をどう準備すればいいのか分からなくなります。覚悟を決めなさいと言われても、決まるものじゃない。私が遺族にお伝えしているのは、覚悟ではなく「許可」だと思ってくださいということ。
本人に「もう頑張らなくていいよ」と伝える許可。自分が泣いていい許可。後悔してもいい許可。完璧な見送りができなくてもいい許可。これらを自分に出してあげるだけで、ずいぶん肩の力が抜けます。「最期に立ち会えなかった」と悔やまれる方が大勢いますが、息を引き取る瞬間に居合わせることだけが看取りではありません。前の日に手を握ったこと、子どもの頃に背中をさすってもらったこと、そういう全部が看取りです。
看取りが近づいたときの身体の変化や、家族として何ができるかについては看取りの準備と臨終が近い時の兆候でも詳しく書いています。事前に知っておくと、呼吸の変化を見たときに動揺せずに済みます。
伝えておきたい言葉は、惜しまずに
意識がはっきりしないように見えても、声は届いていると思って話しかけてください。「ありがとう」「大好きだよ」「ゆっくり休んでね」。普段照れて言えない言葉も、この場でなら出せます。出せなかった言葉を後悔するご遺族のほうが、口に出せた方より圧倒的に多いです。
言いそびれた仲直りの言葉や、伝えそびれた感謝。手紙にして枕元で読んでもいい。子どもや孫の近況報告でもいい。「もう何も言うことなんてない」とおっしゃっていた息子さんが、最後に「ごめんなさい、ありがとうございました」とだけ呟いて、お父様の表情が一瞬ほどけたように見えた瞬間を私は今でも覚えてます。
逝去のあとに動き出す手続きを「先回り」で知っておく
危篤の段階で葬儀の話を考えるのは、罪悪感を感じる方が多いです。「まだ生きてるのに」と。でも、現実問題、病院の霊安室は数時間しか預かってもらえません。亡くなってから葬儀社を探し始めると、深夜であれば選択肢が限られ、言われるがままに高額のプランを契約してしまうご遺族を本当によく見てきました。
危篤の連絡を受けた段階で、家族のうち1人だけでいいので、葬儀社の候補を3社ほど頭に入れておく。電話番号を控えておく。これだけで、いざというときに「比べて選ぶ」余裕が生まれます。事前相談を無料で受けてくれる葬儀社が増えていて、見積もりだけ取っておくこともできます。
| 準備項目 | 危篤段階でやれること | 逝去後すぐ必要になる理由 |
|---|---|---|
| 葬儀社の選定 | 3社の連絡先と概算費用を把握 | 病院霊安室は数時間〜最長半日 |
| 安置場所の決定 | 自宅か葬儀社安置所か検討 | 搬送先を即決する必要あり |
| 菩提寺への連絡準備 | 住職の連絡先と宗派を確認 | 枕経・通夜の日程調整に必要 |
| 遺影写真の選定 | 本人らしい写真を1〜2枚選ぶ | 通夜までに修整・引き伸ばし |
| 喪主の決定 | 家族で話し合っておく | 葬儀社との契約者になる |
逝去から葬儀までの全体の流れがイメージできていると、慌てなくて済みます。葬儀の流れ完全ガイドを一度通しで読んでおくと、「次にこれが来る」という見通しが立って、判断のスピードが上がります。
喪主は誰がやる?を曖昧にしない
喪主は配偶者、いなければ長男、というのが昔からの慣習ですが、現代は誰がやっても構いません。一番動ける人、一番故人と近かった人が務めるのが現実的です。高齢の配偶者を喪主にして、実務は子どもが代行するパターンも一般的になっています。喪主の決め方と役割に長男以外が務めるケースも詳しくまとめているので、家族間で意見が割れそうなら参考にしてください。
家族同士で「役割分担」を決めると楽になる
危篤の段階で家族が集まったら、誰が何を担当するかを軽くでも決めておくと、その後がスムーズです。一人で全部抱え込むと、心が先に折れます。「私はお父さんのそばに付いていたい」「俺は親戚への連絡係をやる」「私は葬儀社の電話番をする」と、口に出して役を分けるだけで、空気が変わります。
- 付き添い担当(病室で本人のそばにいる)
- 連絡担当(親族・職場・近所への一報を入れる)
- 窓口担当(医師・看護師・葬儀社とのやりとり)
- 記録担当(医師の説明や費用をメモする)
- ケア担当(家族の食事・着替え・休憩を見守る)
「ケア担当」は意外と大事です。みんなが本人のことに必死で、自分たちが何時間も食べていないことに気づかない。誰か一人「お母さん、おにぎり買ってきたから食べて」と声をかける役がいるだけで、家族全員が倒れずに済みます。
仕事の連絡は「忌引」より「緊急家族対応」で
会社員の方は、職場への連絡も悩みどころです。危篤の段階では、まだ忌引にはなりません。私は「家族が危篤で、いつ何があるかわからないため、しばらく不在にする可能性があります」と上司に一報入れることをお勧めしています。亡くなってから連絡するより、職場側も心の準備ができて、業務の引き継ぎがスムーズになります。会社への忌引連絡メールの文例も参考になります。
病院での最期と「ご臨終です」の瞬間
医師が「ご臨終です」と告げる瞬間は、テレビドラマのように一直線に来るわけではありません。呼吸が浅くなり、止まったように見えてまた戻り、脈が触れにくくなり、医師が瞳孔を確認する。そのあいだ、家族は手を握り、声をかけ続けます。時間にしては10〜20分かもしれませんが、体感では何時間にも感じます。
その瞬間に、ものすごく泣いてしまっても、逆に呆然として涙が出なくても、どちらでも正常です。「私、なんで泣けないんだろう」と自分を責める方がいますが、心が現実に追いつくのに時間がかかるだけで、おかしいことじゃありません。涙はあとからゆっくり出ます。
医師が死亡時刻を確認したあと、看護師がエンゼルケア(清拭・処置)を始めます。この間、家族は一度病室を出るか、立ち会うかを選べます。立ち会いを希望すれば、最後の身支度を一緒に整えられます。エンゼルケアの内容については別記事で詳しく扱っているので、興味があれば見てみてください。
死亡診断書と葬儀社への電話は同時並行で
医師は死亡診断書を作成します。受け取ったら、内容(氏名・死亡時刻・死因など)に誤りがないか必ず確認してください。この書類は火葬許可申請、保険、年金、銀行手続きすべてに使う原本です。私の現場経験では、氏名の漢字や生年月日の誤記は意外と発生します。あとから訂正してもらうのは大変なので、その場で見てください。
同時に、葬儀社へ電話を入れます。事前に決めておいた1社に「○○病院で家族が亡くなりました。お迎えをお願いします」と伝えると、おおむね1時間以内にお迎えの車が到着します。深夜でも対応してくれる葬儀社がほとんどです。
よくある質問
危篤の連絡を受けて、すぐに行けない場合はどうすればいい?
遠方で物理的にすぐ行けない場合は、まず病院に電話して「○時間後に到着予定です」と伝えてください。看護師さんが本人の耳元で「お子さんが今、向かってらっしゃいますよ」と声をかけてくれます。本当に届くんです、その声。間に合わなかった場合に自分を責める方が多いですが、伝言を頼めただけで十分です。気持ちは届いています。
危篤と言われたのに持ち直した場合、連絡した親族にどう伝えるべき?
「いったん危機を脱しました。お騒がせしてすみません」と素直にお伝えして大丈夫です。誰も責めません。むしろ「よかった」と安堵されることがほとんどです。ただし、医師から「危険な状態は続いている」と説明があれば、その旨も併せて伝えてください。「もう大丈夫」と言い切ってしまうと、次に何かあったときに連絡しにくくなります。
病院から「あと数時間です」と言われたら、葬儀社にもう電話していい?
事前相談という形で、電話して大丈夫です。「家族が病院で危篤状態です。万一の際にお願いするかもしれません。費用の概算と、お迎えにどれくらいかかるか教えてください」と聞くだけです。葬儀社は事前相談に慣れていて、不謹慎だなどとは思いません。むしろ、亡くなってから初めて電話されるより、心の整理がついた状態でお話しできるほうがお互い助かります。
意識がない本人に話しかけても意味がないのでは?
聴覚は人間の感覚の中で最後まで残ると言われています。意識がないように見えても、声は届いている可能性が高い。私の現場では、お孫さんが「おじいちゃん、明日テストがんばってくるね」と声をかけた瞬間、心電図の波が一度大きく動いた光景を見たことがあります。脳がどう反応しているかは分からなくても、何かが届いてる、と思って話しかけてあげてください。
看取りの場面で子どもを病室に入れていい?
年齢にもよりますが、私個人としては、小学生以上なら入っていいと思ってます。「死」を見せないで隠してしまうほうが、後の心の整理が難しくなることがあるからです。事前に「おじいちゃん、もうすぐ天国に行くんだよ。お別れを言いに来たんだよ」と伝えて、本人の意思で入るかを選ばせてあげる。怖いと言えば外で待っていてもらえばいい。私自身、自分の子どもには「会える時に会わせる」と決めてます。
親が亡くなったあと、最初の1時間で何をすべき?
1)医師から死亡診断書を受け取る、2)葬儀社へ連絡してお迎えを依頼する、3)安置場所(自宅か葬儀社施設か)を決める、4)菩提寺がある場合は住職に第一報を入れる、5)第二の輪の親族に逝去の連絡を入れる。この5つです。最初の1時間の動き方は親が亡くなったらまずすること完全ガイドに時系列で書いてあるので、心の余裕があるときに目を通しておくと、いざというとき動けます。




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