「父の名前は本人がいちばん気に入っていたものだから、戒名ではなく俗名のまま位牌にしたい」。打ち合わせの席で、50代の娘さんがそう切り出した日のことを今でも覚えてます。お父様は生前、自分の名前の漢字一文字一文字に強い愛着を持っていた方でした。私はそのとき、菩提寺との関係、納骨先、四十九日までの段取り、ご親族の感情、全部を頭の中で並べ替えながら、ひとつずつ確認をしていきました。
俗名で位牌を作るという選択は、決して珍しい話ではなくなってます。年間100件以上の葬儀を担当している現場感覚で言うと、最近は10件に1件くらいの割合で「戒名はいらない」というご相談を受けます。ただ、なんとなくの気持ちで決めてしまうと、納骨のタイミングで菩提寺から断られる、親戚から反対されるといったトラブルにつながることもあるので、この記事で判断材料を全部お渡しします。
葬祭ディレクター歴20年の立場から、俗名位牌の作り方、戒名を付けないことの本当のメリット・デメリット、そして決める前に必ず確認してほしいポイントを、現場のリアルな声と一緒にまとめます。
そもそも俗名(ぞくみょう)とは何か
俗名とは、生前に使っていた名前のことです。戸籍上の名前、つまり「山田太郎」「鈴木花子」といった、運転免許証や保険証に書かれているあの名前を指します。仏教の世界では、亡くなった方は仏様の弟子になるという考え方があって、そのときに新しく授けられる名前が戒名(かいみょう)です。浄土真宗では戒名ではなく法名、日蓮宗では法号と呼びますが、いずれも仏弟子としての名前という意味では共通してます。
つまり「俗名で位牌を作る」というのは、仏弟子の名前を新たに付けるのではなく、生前の名前のまま位牌に刻んで仏壇に祀るという選択です。葬儀の際に渡される白木の仮位牌には、戒名がなければ俗名がそのまま書かれます。そのあと四十九日までに本位牌(黒塗りや唐木の正式な位牌)を準備するのですが、ここで「戒名を付けるか付けないか」「俗名のまま本位牌にするか」を選ぶことになります。
俗名と戒名は何が違うのか
戒名は宗派ごとに構成が違いますが、一般的には院号・道号・戒名・位号という4つのパートに分かれます。たとえば「○○院△△□□居士」のような形ですね。一方、俗名はあくまで戸籍上の名前。生前の社会的な人格そのものを表してます。
戒名の細かいランクや費用相場については以前まとめた戒名のランクと宗派別の値段相場に書いてますので、戒名を付けるかどうか迷っている方は先にそちらを読むと判断しやすいです。戒名の費用感を知った上で「うちは俗名でいい」という結論になるご家族も多いです。
俗名位牌の場合、書き方は「○○家先祖代々之霊位」のような形にはせず、「山田太郎之霊位」「山田太郎之位」のようにシンプルに刻むのが一般的です。「之霊位」「之位」「霊」など、後ろに付ける言葉は地域や仏具店の慣習によって少しずつ違うので、注文時に確認してください。
俗名で位牌を作る具体的な手順
俗名位牌を作る流れは、戒名を入れる場合と基本的には変わりません。葬儀直後から四十九日までの間に動く内容を、現場の段取りそのままにお伝えします。
ステップ1:葬儀社・仏具店に相談する
まず葬儀の打ち合わせの段階で、担当者に「戒名は付けず、俗名で位牌を作りたい」と伝えてください。早い段階で共有しておくと、白木位牌の表記もスムーズに準備できますし、菩提寺との連絡が必要な場合も担当者が動きやすくなります。
葬儀社によっては「うちでは戒名なしの場合は読経の手配が難しい」と言うところもあるので、契約前に確認しておくと安心です。最近は無宗教葬や直葬を扱う葬儀社も増えてるので、選択肢としてはかなり広がってます。打ち合わせで何を聞かれるかは葬儀の打ち合わせで聞かれることリストに整理してあるので、事前に目を通しておくと当日の判断が早くなります。
ステップ2:本位牌のデザインと文字入れを発注
四十九日法要までに本位牌を用意するのが一般的です。発注から納品までは2〜3週間かかるので、葬儀後すぐに動き始めるくらいでちょうどいいです。仏具店に行くか、最近はオンラインの仏具専門店で注文する方も増えてます。
注文時に伝える情報は次のとおりです。
- 表面に刻む俗名(フルネーム)
- 名前の後ろに付ける文字(之霊位、之位、霊、無し、など)
- 裏面に刻む情報(命日、行年または享年)
- 位牌のサイズ(先に祀ってあるご先祖の位牌より小さくするのが慣習)
- 素材・デザイン(黒塗り、唐木、モダン位牌など)
俗名位牌の価格相場は1万5千円から5万円程度。戒名入りと変わりません。文字入れ自体は俗名でも戒名でも料金は同じです。
ステップ3:開眼供養(魂入れ)をどうするか決める
本位牌ができたら、通常は四十九日法要のタイミングでお寺に開眼供養(魂入れ、入魂式とも言う)をお願いします。ここで悩むのが「戒名を付けないのに、お寺に開眼供養を頼んでいいのか」という点です。
結論から言うと、お寺の方針次第です。菩提寺がある方は、戒名を付けない時点でお寺との関係にひびが入る可能性があります。逆に菩提寺を持たない方や、無宗教で進めたい方は、開眼供養自体を行わない選択もあります。手を合わせる対象としての位牌に、宗教的な儀式を必ずしも経なくていい、という考え方ですね。
俗名で位牌を作るメリット
現場で実際に俗名を選ばれたご家族の声を聞いてると、共通するメリットがいくつかあります。順に説明します。
メリット1:戒名料がかからない
これが一番大きい理由です。戒名料の相場は宗派や院号の有無で大きく変わりますが、信士・信女クラスで15万〜30万円、居士・大姉クラスで50万〜80万円、院号付きになると100万円を超えることも珍しくありません。お布施全体で見ると、葬儀のお布施と戒名料を合わせて50万〜100万円という金額が動きます。
俗名にすれば、この戒名料が丸ごと不要になります。葬儀費用を抑えたい、年金生活の中で無理なく見送りたい、というご家族にとっては大きな選択肢です。費用の話をもう少し詳しく見たい方は戒名料の相場ランク表を参考にしてください。
メリット2:生前の人格を残せる
これは費用とは別の、心の話です。「父の名前は太郎で、太郎として生きてきた人なんです。仏様の弟子になった『○○院△△居士』という別の名前で呼びたくない」。そう仰る方が、本当に増えてます。
毎朝仏壇に手を合わせるとき、刻まれているのが生前の名前なら、故人をそのまま思い出せます。仏教的な作法よりも、家族の記憶を残すことを優先したい。この感覚は、特に家族葬や直葬を選ぶ世代に強く出てきてる印象です。
メリット3:宗教にとらわれない見送りができる
無宗教葬を選ぶ方、家族の中で宗教観がバラバラな方、海外生活が長くて特定の宗派になじみがない方。こういうご家族にとって、俗名は自然な選択です。仏教の枠組みに無理に合わせず、自分たちのスタイルで見送れます。
俗名で位牌を作るデメリット・注意点
メリットだけ並べて「お得ですよ」と言うつもりはありません。現場で実際に困った場面を見てきた立場からすると、知っておかないと後で苦しむポイントがいくつかあります。
デメリット1:菩提寺に納骨できない可能性がある
これが最大の落とし穴です。先祖代々お世話になっているお寺(菩提寺)がある場合、そのお寺の墓地に納骨するには、原則としてそのお寺で戒名を付けてもらう必要があります。お寺によっては「戒名なしでは納骨を受け付けない」とはっきり断られるケースがあります。
「お父さんを家のお墓に入れるつもりで俗名にしたのに、いざ納骨の段で住職に断られて慌てた」というご相談を、私自身も何件か対応してます。最悪の場合、改めて戒名を付け直す(後付け戒名)、別の納骨先を探す、墓じまいを検討する、といった判断に追い込まれます。
俗名を選ぶ前に、必ず菩提寺の住職に直接相談してください。「うちは戒名を付けない方針です」と伝えて、お寺がどう反応するかを確認する。これが先です。お寺との関係を壊したくないなら、戒名を付けるか、そもそも墓地ごと別の選択肢を考えるか、家族で話し合うことになります。
デメリット2:親族から反対される
「うちの家系で戒名を付けない人はいない」「ご先祖に申し訳ない」。年配の親族からこういう声が上がるのは、本当によくあります。喪主のご夫婦だけで決めてしまうと、後で兄弟姉妹や叔父叔母から強い反発を受けて、家族間の関係がぎくしゃくすることがあります。
俗名を選ぶなら、できれば四十九日の前に主要な親族には説明しておくこと。本人の遺志があるなら、そのことも合わせて伝える。説明の場を持つだけで、納得してもらえる確率は格段に上がります。
デメリット3:法要での読経をどうするか問題が残る
戒名がない場合、お寺によっては年忌法要(一周忌、三回忌など)の読経を引き受けてくれないことがあります。位牌に刻まれているのが俗名でも、僧侶の中には「仏弟子としての名前がないと供養できない」という方針の方もいるからです。
解決策としては、僧侶派遣サービスを利用する、宗派にこだわらないお寺を探す、家族だけで供養する、といった方法があります。年忌法要を続けていきたいなら、最初の段階で僧侶の手配ルートを確保しておくのが安心です。
俗名位牌と戒名位牌の比較表
判断材料として、両者の違いを一覧で整理しておきます。
| 項目 | 俗名で位牌を作る | 戒名を付けて位牌を作る |
|---|---|---|
| 位牌の費用 | 1.5万〜5万円 | 1.5万〜5万円(同額) |
| 戒名料 | 0円 | 15万〜100万円超 |
| 菩提寺への納骨 | 断られる可能性あり | 問題なく可能 |
| 年忌法要の読経 | お寺によっては断られる | 通常通り依頼可能 |
| 親族の理解 | 説明が必要 | 慣習通りで反発少ない |
| 無宗教葬との相性 | とても良い | あまり合わない |
| 生前の人格の残しやすさ | そのまま残せる | 仏弟子の名前に変わる |
浄土真宗の場合は事情が違う
浄土真宗(本願寺派・大谷派など)の場合、そもそも位牌を使わないという特徴があります。代わりに過去帳や法名軸を用いて、ご先祖を記録・供養します。戒名にあたるものは「法名」と呼び、生前にお寺で帰敬式を受けて授かるのが本来の形です。
「浄土真宗だけど、家には先代から位牌がある」という方も実際多いです。これは厳密には宗派の作法とは違うのですが、地域の慣習として位牌を用いてきた家もあります。浄土真宗で俗名のまま記録を残したい場合の選択肢については浄土真宗の過去帳の書き方で詳しく書いてますので、宗派が浄土真宗の方はそちらも合わせて確認してください。
俗名を選ぶ前に確認すべき5つのポイント
現場で何度も同じ失敗を見てきた立場から、これだけは確認してほしいというチェックリストを作りました。葬儀の打ち合わせか、遅くとも四十九日の前までに、家族で確認してください。
- 菩提寺の有無を確認する。あるなら住職に「戒名なしで納骨できるか」を直接聞く
- 納骨先の規約を確認する。霊園や納骨堂によっては戒名不要のところもあれば、必須のところもある
- 故人の遺志があるなら書き残されたものを確認する(エンディングノートや遺言など)
- 主要な親族に事前に話を通す。特に長兄や年長者の意見は無視できないことが多い
- 年忌法要を続けたいかどうか、続けるなら誰に読経を頼むかを決めておく
この5つを潰しておけば、後で「こんなはずじゃなかった」となる確率はかなり下げられます。
後から戒名を付け直すことは可能か
「とりあえず俗名で位牌を作ったけど、やっぱり戒名を付けたい」というご相談も、年に数件いただきます。結論としては、後付け戒名は可能です。お寺に依頼すれば、亡くなった後でも戒名を授けてもらえます。
ただし、いくつか手間があります。位牌を作り直す(俗名のままの位牌に追加で戒名を入れるのは難しいので、新しく作るのが一般的)、戒名料を改めて支払う、お寺で戒名授与の儀式をする、といった流れです。費用も時間もかかるので、最初の判断は慎重にしてほしいです。
逆に「戒名を付けたけど、やっぱり俗名にしたい」というのは、ほぼ聞きません。一度仏弟子としての名前を授かったものを返上するという考え方は、宗教的にも実務的にもハードルが高いです。
よくある質問
Q1. 俗名で位牌を作っても、仏壇に祀って問題ないですか?
問題ありません。位牌はあくまで故人を偲ぶための依代(よりしろ)であって、刻まれている名前が俗名であっても、仏壇に祀って毎日手を合わせること自体に何の問題もありません。ただ、すでにご先祖の戒名入り位牌が並んでいる仏壇に、俗名位牌を1つだけ並べると、見た目のバランスや家族の心情として違和感を持つ方もいます。先祖代々の慣習との折り合いを、家族でどう取るかが現実的なポイントです。
Q2. 白木の位牌のまま、本位牌を作らないことはできますか?
慣習的には、白木位牌は四十九日までの仮の位牌で、その後は本位牌に魂を移し替えてお焚き上げするのが一般的です。とはいえ、本位牌を作らずに白木のまま手元に置く方もいます。法律で決まっているわけではないので個人の自由ですが、白木は経年で劣化しやすいので、長く祀るなら本位牌を準備するか、最近増えているモダンな手元供養品に切り替える選択肢もあります。
Q3. 俗名位牌の文字入れで「之霊位」と「之位」のどちらが正しいですか?
どちらも使われていて、明確な正解はありません。地域や仏具店、家の慣習で変わります。「之霊位」のほうがやや丁寧で、「之位」のほうがシンプル。何も付けず名前だけで終える書き方もあります。すでにご先祖の位牌があるなら、それと表記を揃えるのが一番自然です。
Q4. 戒名を付けないことで、火葬や葬儀そのものに支障はありますか?
火葬や葬儀の進行に支障はありません。火葬許可証や死亡届などの行政手続きは、すべて戸籍上の名前(俗名)で進めます。戒名は宗教的な名前であって、法的な書類に出てくることはありません。葬儀のスタイルとしては、無宗教葬や音楽葬、家族葬といった形式と相性がいいです。
Q5. 公営墓地や民営霊園なら、俗名でも納骨できますか?
公営墓地や宗旨宗派不問の民営霊園であれば、ほとんどの場合、俗名のままで納骨できます。問題になるのは「寺院墓地」、つまりお寺が経営している墓地です。寺院墓地は基本的にそのお寺の檀家向けなので、戒名が必須になることが多いです。納骨先を新たに探すなら、宗旨宗派不問・戒名不要の霊園を選べば、選択肢は広がります。
Q6. 本人が「戒名はいらない」と生前に言っていた場合、家族は従うべきですか?
本人の遺志は最大限尊重したいところです。ただ、納骨先や親族の事情で現実的に難しい場合は、家族が話し合って折り合いをつけることになります。エンディングノートや遺言に明記されていれば、親族への説明もしやすくなります。生前の段階で本人と家族が話し合っておくのが、本当はいちばんいいです。




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